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schoolbandsupporter

Author:schoolbandsupporter
田川伸一郎のブログへ
        ようこそ!
小学校教師として、30年間、音楽専科や学級担任、そしてバンド指導にかかわってきました。現在は、フリーの「スクールバンドサポーター」として、小中高等学校のバンド活動を、顧問の先生や部員たちの願いや悩みに寄り添いながら、これまでの経験を生かしたアドバイスで支援させていただいています。

東京都品川区立日野中学校、都立小山台高等学校で吹奏楽部員(パーカッション)として活動。
千葉大学教育学部音楽科卒。
千葉市立犢橋小学校、千葉市立幸町第三小学校、市川市立大柏小学校、市川市立新浜小学校、市川市立真間小学校に勤務。
在職したすべての学校で、吹奏楽部を設立、または継続指導し、5校すべてを「TBSこども音楽コンクール」「全国学校合奏コンクール」「日本管楽合奏コンテスト」等で計14回の全国一位に導いた。
「日本管打・吹奏楽学会」会員

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偉大な先生との別れ
昨日は、日帰りで函館に行って来ました。

雪降る寒い寒い函館でした。

レッスンではありません。

私と函館をつなぎ、25年間お付き合いくださった高橋徹先生が、肝臓がんとの闘病の末、12月1日の朝、亡くなられ、告別式に参列させていただきました。


9月末のブログでご紹介させていただいた出会いと大きな思い出です。
 ↓
函館での休日と懐かしい思い出

2年前、浜松での日本バンドクリニックのファイナルコンサートに上磯小学校吹奏楽部(指揮:古川典之先生)が出演した際、高橋先生が『ヘブンズ・ライト』(ライニキー作曲)を指揮されました。

私が、プログラムの一曲にこの曲を紹介しました。
頭の中に、はじめから高橋徹先生にこの曲を指揮していただくアイデアがありました。
クリニック直前の5月連休レッスンの時、高橋先生に、「『ヘブンズ・ライト』は校長先生の指揮で演奏してください。はじめからそのつもりで紹介しました!高橋先生にぴったりの曲だと思い!」と。
「えぇ!ほんとに?」
「はい、古川先生、いいですよね!」
「もちろん!」
「やられた~!」
コンサートでは、子どもたちの「大好きな校長先生の指揮で演奏します!」というMCに導かれて、ステージに登場し、優しく温かい音楽を子どもたちと奏でられました。
あのコンサートをお聴きになった方々は、きっとご記憶にあると思います。


昨年の秋にお会いした時、先生から、病状について、直接お話しくださいました。
とても厳しい状況が分かりました。

「まだまだやりたいことがたくさんあるから...」
先生は、生きることへの希望を強く語っておられました。

上磯小学校の校長先生でいらっしゃいましたが、治療に専念するため、その後、休職され、今年の3月、そのまま定年退職を迎えられました。

創設者でもあり、団長・指揮者を務めて来られた「上磯吹奏楽団」では、指揮をする体力がなく、この2年間、コンクールの指揮も辞されておられました。

今年度は、若い団員の指揮の元、全国大会に出場することが出来、青森での全国大会には、高橋先生も応援に行かれ、皆の熱演に拍手を贈っておられたそうです。

一昨日の通夜では、先生がお好きだった「マイウェイ」「カーペンターズ・フォーエバー」を上磯吹奏楽団の皆さんが演奏され、お見送りしました。


平成5年の5月に、高橋先生が大柏小学校に見学に来てくださっていなければ、先生がつないでくださったたくさんの出会いや思い出は無かったと思います。

あの日から今日まで、函館の方々との多くのご縁をいただいているのは、高橋徹先生のおかげです。

今でも、先生との楽しい会話、夢を描く会話、真剣な教育談義が鮮明に蘇って来ます。


高橋徹先生。

先生が残してくださった多くの教え、多くの宝は、先生方、子どもたち、保護者、地域の方々...たくさんの人々の心にいつまでも生き続けると思います。

もちろん、私の中でも...

「まだまだやりたいことがたくさんあるから...」とおっしゃっていたご遺志は、皆が引継ぎ、皆の力で実現していくと思います。

「夢は追い続ければ、きっと叶う日が来る」...ふたりでそう励まし合いましたね。

そんな「夢を追い、実現する力」を、先生は十分に残されたと思います。


これからも、函館地区の先生方、子どもたちのために、私は力を注いで参ります。

先生がつないでくださったご縁を大切にして参ります。

どうぞ天国から、子どもたちの、上磯吹奏楽団の奏でる調べにお耳を傾け、あの笑顔で拍手を送ってください。

先生、本当に本当にありがとうございました。


合掌。


高橋徹先生
在りし日の高橋徹先生と。



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日記 | 11:02:29 | トラックバック(0) | コメント(2)
けやきウインドアンサンブル創立15周年コンサート
昨日の夜、家から徒歩圏内にある湖北台近隣センターへ行って来ました。

「けやきウインドアンサンブル」の皆さんへの激励です。

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今度の日曜日に「創立15周年コンサート」が開催されます。

主に我孫子市の小学校、中学校で吹奏楽に親しんで育った方々が中心となり、社会人となった今も続けておられます。

6月の定期演奏会と、この時期の「我孫子市民文化祭」の一環としてのコンサートが主な発表の場です。

和やかな雰囲気ではありますが、指揮者の和久井瞬さんのご指導は決してゆるいものではなく、良い音楽を追求する真摯な姿勢を団員の方々と共に作っています。

社会人バンドとして、とても良い温度感を感じます。

団員の中には、私がレッスンに伺っている小学校の保護者の方もいらっしゃり、親子で吹奏楽に熱を注ぎ、私も親子を応援出来る繋がりをうれしく思います。

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素敵なコンサートになることをお祈りしております。

お近くの方、是非、足をお運びください。

こちらもご覧ください。
  ↓
けやきウインドアンサンブルHP




日記 | 12:16:15 | トラックバック(0) | コメント(1)
若い感性と向き合って
11月もあと1日を残すのみとなりました。
関東の寒さも本格的になってきました。

縁あって、今、高校生が作曲した管弦楽の楽曲を吹奏楽にアレンジしています。

レッスンにお伺いしている高校の生徒さんから、「聴いていただけたら」と手渡されたスコアとコンピューター音源。
彼は、音楽大学の作曲方面に進路が決まっているそうです。

その中の一曲に私は妙に惹き付けられました。

顧問の先生にはあまりピンとこなかったようですが、聴く度に私の中に素敵なドラマが展開していくのを感じました。

専門的な作曲技法的には、まだまだ未熟な面もあるのかもしれませんが、みずみずしい感性が溢れ出るその楽曲を、是非、吹奏楽曲として演奏したいと考え、客演指揮をさせていただくことになっているその高校の定期演奏会に向けてアレンジをすることにしました。


平和な日々に、ある日突然訪れる不信感、不安と苛立ち。
対立する感情の炸裂。
和解~心の開放と生命の躍動。
試練を乗り越えてつかむ本当の絆。
揺るぎない安心感と深く大きな愛、幸せ、勇気。
いつまでも心に残るであろう素晴らしい思い出の日々。

・・・まさに、この吹奏楽部で過ごした日々のドラマが内面的映像で浮かび上がるようです。


私のイメージが、彼の本意に合っているのかどうかは分かりませんが、私なりの解釈や補作を含めながら、そのバンドの編成や実態に合わせてアレンジを進めています。
部員たちひとりひとりの顔を思い浮かべながら…

こういう仕事は、実にファンタジックで魅力的です。

私なりの感性を最大限に働かせて取り組みたいと思います。


若い感性から得るものは大きいです。



日記 | 07:44:04 | トラックバック(0) | コメント(1)
エンドレスクラブの旅
この土日、1年前から約束していた旅に出かけて来ました。

「エンドレスクラブ」...大柏小学校時代に仕事を共にした先生方で、あの頃からずっとつながり続けているメンバーです。

「いつまでもずっと」...そんな意味で、いつの間にか「エンドレスクラブ」という名前が付きました。

あの頃の20~30歳代(私も20歳代で大柏小に赴任しました)ですが、今でもその時の感覚は何故か変わらず、何の違和感も無く、「あの頃」の温度に戻れるから不思議です。

すでに定年退職された先生、早期退職された先生、もちろん現役バリバリの先生、校長先生や教頭先生として活躍されている先生など、今の生活はそれぞれですが、久しぶり会った先生とも、すぐにあの頃のつながりでお話し出来るのです。

そして、私が一生懸命努力していた音楽教育や吹奏楽部を支えてくださっていた方々ばかりです。

昨年の今頃、飲み会があり、その場で、「来年は旅行しましょうよ!今、田川先生の日程をここで押さえてしまいましょう!」とかなり積極的に皆さんからのお誘いをいただき、この土日の旅の予定を手帳に書くことになったのでした。

皆さんも、「ここは何が何でも空けておく!」と、気合い十分でした。

おまけに、私が幹事をすることになり、「やっぱり行けない~。仕事が入っちゃって~。皆さんで行って来てください!」と出来ないように完璧な仕込み(笑)

そして、約束どおり、今回は7名での旅を実行することが出来ました。

向かった先は伊豆高原。
私の好きなお宿でした。

お天気が心配でしたが、神様が助けてくださり、雨もほとんど降らず、昨日、リフトで登った「大室山」では、私たちが登っている間は霧も晴れ、素晴らしい眼下の風景やうっすらと遠く房総半島まで見ることが出来ました。

良い温泉と美味しいお食事、途切れることがない楽しい会話の2日間でした。

皆、笑顔の裏に、あの頃とは違う「今」と向き合っています。
それぞれに悩みや苦しみもあると思います。
そんな話題になったり、あえて話題にせず、元気だけ分かち合ったり。
そこは、言葉に出さなくても分かり合えるのです。
安心感ある仲間だからこそ、素敵なひととを堪能出来たのだと思います。

私も、こんな温かい方々と出会え、支えられていたことに改めて感謝すると共に、私自身の「今」に向ける思いを深めることが出来ました。

今回参加出来なかった先生も、グループLINEにアップされたたくさんの写真をご覧になって、「次回は是非参加したいです!」とメッセージをくださいました。

次回の計画はまだ決まっていません。
でも、「エンドレスクラブ」は不滅です!

皆さん、今日はまたそれぞれの日常に精出されていると思います。


心安らぐ素敵な2日間を本当にありがとうございました。

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大室山山頂にて




日記 | 18:50:58 | トラックバック(0) | コメント(1)
「頑張ります」という曖昧な言葉
私が作った「忘れるな このひとこと... いつかきっと役に立つ日がくる」という語録集。

新浜小学校の時に、練習中、演奏以外の「生活の仕方」や「生き方」について語った言葉の語録集だ。
生徒指導的な注意であったこともあるし、ふと考えた生き方についてだったこともある。

それらの言葉をまとめて書き綴り、印刷して卒業していく6年生部員たちに持たせていたプリントが、この「忘れるな このひとこと」だ。

先日お伺いした留萌で、ある若い先生が、「私は高校生の時に、『忘れるな このひとこと』のプリントを顧問の先生からいただき、ずっと支えにして来ました。そのプリントを書いた先生とお会い出来て感激です。」と話してくれた。

高校名を聞くと、全くご縁のない学校だし、顧問の先生ともお付き合いは無い。
きっと私とご縁のある先生から、巡り巡ってその先生の手元に届いたのだと思う。
私としては、入手ルート(?)を不思議に思いつつも、印刷して生徒さん方に配ってくださった先生への感謝や光栄な気持ちが大きい。
くだらないと思ったら、仮に入手しても、ポイと捨てるだろうから。


そのプリントの中に、
「『やる気』とか『がんばる』とかいう言葉で自分をごまかすな。具体的に何をしたのだ。具体的にやって証拠を見せろ。」
という一文がある。

最近読んだ山﨑武也さんの「気くばりがうまい人のものの言い方」という著書の中に、私が書いたその一文と同じ内容の節があった。

「頑張ります」という曖昧な言葉 という一節だ。

引用は控えるが、私が子どもたちに伝えていた気持ちがよみがえってきた。


子どもたちに、この厳しい一文を伝えていた時には、
「この間、頑張りますと言ったけれど、君はあれから何をどう変えたの?先生の眼には何を変えたのか分からないのだけど。」
「君は、この間、頑張りますと言った翌日から、朝練に来るのが早くなったね!偉いぞ!」
というように、「頑張ります」と言ったことへの責任や具体的な改善も確認していた。

もちろん、日々の同じ活動や学習を淡々と継続するだけでも、「頑張る」という言葉には十分値するのだから、常に何かを新しくする必要はない。
全て、そばにいれば分かる。


そばにいない場合、「頑張ります」と言っても、相手がどれだけの本気で、何をどれだけやっているのかは分からない。
「これが頑張った成果です。」と、何かやり遂げた成果や作品や事柄が届いた時に、初めて「こんなに頑張ったんだな」と納得し、「頑張ります」と伝えてくれた相手の本気や誠実さに感激する。

頑張ったけど形にならなかったという「逃げ道」が用意されているのも、この「頑張ります」という言葉の便利なところだ。
だから、いくらでも言いっ放しに出来る。


メールやLINEや会話の中での「頑張ってください」「頑張ります」というやり取り。

具体的に今やっていることの区切りや目標が見えている場合は、「いつまでに何をどうすることが、頑張ることなのか」ということがお互いに分かるし、まして、そばにいる人ならそれがよく見える。
本気の「頑張ってください」「頑張ります」が通じ合う。
たとえば、相手が今日、何かの本番当日という場合など、その言葉はとても大きな激励の意味を持って互いをつなぐ。

でも、相手が、「今、具体的に何に取り組み、いつまでにどのように乗り越えようとしているのか。」ということも分かっていないのに、「頑張ってください」「頑張ります」とやり取りを終えてしまうのは、後味がむなしくなる時もある。

「頑張ってください」「頑張ります」という言葉が、単に話の美しいまとめ方として使われただけで、次の瞬間には、やり取りをしたことすら忘れているかもしれない。

言うなれば、「お元気で! では、また!」と似たような意味合いで使っているようにも思う。


今、数曲のアレンジを同時進行している。
相手には、「アレンジ、頑張ります」や「アレンジ、頑張っています」とメッセージを送っている。

でも、「頑張ります」という言葉より何より、アレンジを完成させ、楽譜を相手に届けられた時に、初めて「頑張った証拠」を見せられると思っている。
だから、必死だ。

相手も、そこで初めて、「あぁ。こんなに頑張ってくれたのだ。」と、本当に私の「頑張ります」を認めてくださると思う。


メッセージのやり取りを、常套句のように「頑張ってください」「頑張ります」で終わらせるのではなく、その時の相手の心に本当に響く言葉で終えたいと考えている自分がいる。

本気で「頑張る」というのは、しばしば苦痛や忍耐を伴うことなのだから、本来、そんなに気軽には言えないはずなのだ。
「頑張ってください」も「頑張ります」も...

山﨑氏の著書を読み、もっともっと本当に「頑張ってほしい」という時のために取っておきたい大切な言葉だと改めて考えた。


そんなことまで考えて、LINEや会話をしていると、自分も相手も重くなるだけだということは分かっているけれど...


小学校時代に、
「『やる気』とか『がんばる』とかいう言葉で自分をごまかすな。具体的に何をしたのだ。具体的にやって証拠を見せろ。」
という厳しい一文を私から受け取った子どもたちは、今、きっとそれぞれに自分自身を乗り越えていると思う。

本当に頑張って生きていると思う。

時折届く、教え子たちからのメッセージにも、「頑張って生きている」ということが表れている。

私なんか、もうすっかり追い越されている。

それでいい...




日記 | 13:11:47 | トラックバック(0) | コメント(1)
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