田川伸一郎のブログ

第52回山武郡市吹奏楽祭

昨日は、東京ブラスコンコードが、千葉県東金文化会館で開催された「第52回山武郡市吹奏楽祭」に出演させていただきました。

「山武郡市」と聞いても、すぐに場所が頭に浮かばない方が多いのではないかと思います。

下記の地図の辺りで、東金市・山武市・大網白里市・九十九里町・横芝光町・芝山町を合わせて「山武郡市」と呼んでいます。

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この山武郡市で開催されている「吹奏楽祭」が52回も続いているということに驚きます。

出演した24団体のうち、大学1団体、私たちを含む一般3団体以外は、中学校・高校の吹奏楽部でした。
中学校・高校では、3年生はすでに引退している学校がほとんどで、参加団体中10校(つまり半数近く)が10数名の小さなバンドでした。
30名以上の中・高校は、わずか3校だけでした。
小編成で頑張っている学校が多い地区なのだと思います。

しかし、たとえ一校ごとの人数は少なくても、会場の雰囲気は決して寂しくなく、常に賑わいのある温かい雰囲気でした。
出演団体には「お互いの良い所を見つけ合い、励まし合おう」という趣旨の「感想用紙」が事前に配られ、演奏会後に集約して各校に渡されることになっており、皆、熱心に聴き合い、演奏後には一生懸命感想を書いている様子が見られました。
「ただ演奏して帰る」ということではなく、全員が開演から終演までいて、演奏前後以外は客席で必ず鑑賞するということが当たり前になっているとても良い雰囲気でした。
家族の方々や地域の方々と思われるお客様も多数ご来場され、大きな拍手を送っていらっしゃいました。

昼休みには、先日の記事でアップさせていただいたチラシのように、出演者全員での記念撮影もあり、「こんなにたくさんの仲間がいるんだよ!」と実感出来るひとときになったと思います。

この地区の先生方が、「部員が少ない学校が多く、なかなか大舞台に立つ機会がないからこそ、このようなステージを用意して、子どもたちの励みにしてあげよう」と、力を合わせて開催しておられる愛情が伝わって来ます。

レッスンに伺っている学校の生徒さんたちや知り合いの先生方もおり、いつもは、「がんばってください!」と応援している私が、昨日は出演者でもあったことから、「田川先生、演奏がんばってください!楽しみにしています!」と励まされたり、演奏後に「すばらしい演奏でした!感動しました!」と声をかけていただいたりし、そういう温かい一言がステージに上がる人間にとってどれだけうれしいものであるかを改めて感じました。

また、舞台裏や会場の各所で補助役員をしてくれていた高校生、中学生の振る舞いにも、礼儀正しさや温もりを感じ、そういった面にも先生方の心あるご指導が行き渡っていることを感じました。


前日の土曜日、TBCは17時から20時過ぎまで、このホールのステージで練習させていただきました。
ゲストでお招きいただく演奏の際に、ここまでしていただけることはまずありません。
私たちの演奏会ですら、ホールでの練習は当日のみです。

特別なご配慮が大変ありがたかったです。

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土曜日夜の練習のひとこまです。

ブリティッシュブラスの生演奏を初めて聴いた生徒さん方やお客様も多かったのではないかと思いますが、少しでも新鮮な印象を心に残していただけたならばうれしいです。


私たちの出番は昼頃でしたが、私は、本番後、最後の団体まで楽しく聴かせていただいてから帰りました。

とても心地よい気持ちで帰途に着くことが出来た最高に幸せな秋の1日でした。


私たち東京ブラスコンコードを、このような温かい演奏会にお招きくださいました山武郡市吹奏楽連盟の皆様に心から感謝いたします。

本当にありがとうございました。

山武郡市吹奏楽連盟と各校吹奏楽部の益々のご発展を心からお祈り申し上げます。


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東京ブラスコンコードよりお知らせです

東京ブラスコンコードは、来たる11月12日(日)に千葉県東金文化会館大ホールにて開催されます「第52回山武郡市吹奏楽祭」にゲストとしてお招きいただき、演奏させていただきます。

当日は、25団体の中学校、高校、大学、一般バンドが集い、各校の演奏や合同演奏を発表されます。

それにしても、「第52回」とは、すごいです。

私も、TBCのメンバーとして演奏させていただくことになっており、仕事の合間を縫って、少しの回数ではありますが、練習に復帰しています。

山武郡市には、九十九里高校をはじめ、レッスン校もあり、知り合いの先生方もいらっしゃいます。
先生方や生徒さん方に、TBCの演奏を聴いていただけるのはとてもうれしいことです。

また、山武郡市の小学校では金管バンドが盛んに行われていますので、小学校の先生方や小学生の皆さんにも聴いていただけたらと思います。

今日は、「日本管楽合奏コンテスト全国大会・高等学校A部門」で、鎌ヶ谷高校が午前中に演奏するのですが、心の中で応援して、TBCの練習に向かいます。
午後は、早退させていただいて、すみだトリフォニーでの「ブラックダイク」を聴きに行きます。

今日の練習、前日練習、そして、当日...しっかり頑張りたいと思います。

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入場無料です。

東金方面のみなさま、ぜひご来場ください。

TBCの演奏は、昼頃(11:50)の予定です。



TBCの演奏曲目です。
指揮は、4月の演奏会と同じく、川端寛先生です。

♪ メディテーション 『主よ、我らに救いを』
♪ マーチ 『ボギー大佐』 (アルフォード)
♪ 讃美歌 『恵み深き われらの父よ』
♪ バレエ音楽「ガイーヌ」より『剣の舞』 (ハチャトゥリアン)
♪ 『チアフル・チューバ』 (イングラム)
♪ 『オリエント急行』 (スパーク)


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11月・秋

昨日から11月。

昔から、秋はとても良い季節なのに、私は少し苦手です。

近年は、夏の疲れがどっと吹き出し、身体も心もアウト。
毎年、この時期に一度は熱を出し、お医者様にかかります。

今年こそは、なんとか熱だけは出さずに乗り越えられたらと願っています。

「病は気から」・・・秋の良さだけを自分の中に取り込めるように、晴れている日には、朝の散歩を「元気な1日のルーティン」にしています。


お決まりのお散歩コースは、すぐそばにある湖北台中央公園です。

太陽の光をたくさん浴びて、いい空気をたくさん吸って、鳥のさえずりに耳を傾け...

今日は、特に空と木々がきれいに見えました。

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この公園を歩いたり、ベンチに座ったりしていると、様々な出会いや会話も生まれます。

「あの...田川先生でいらっしゃいますか?」
私が大柏小学校にいた頃、隣の柏井小学校で吹奏楽をやっていたという女の子。合同練習もしていた学校です。
今はお母さんになって、偶然、私と同じ湖北に住み、たまたま私のブログを見つけてくれて、「田川先生も湖北にお住まいなんだ。会えないかなと思いながら歩いていたんですよ。お会い出来てうれしいです!」と、声をかけてくれたことがありました。
すごい偶然に感激でした。

シルバーカーを携え、ベンチにひとりでお座りのかなり高齢の女性に、「お身体、いかがですか?」とお声かけさせていただいたことがあります。
「私は何とか元気なんだけどねぇ。息子が家に引きこもっていてね。心配で死ねないよ。最近、やっとパソコンで出来る仕事を始めてくれたけどねぇ...」と、見知らぬ私に身の上話をされました。もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。

毎朝、ラジオ体操をしているご高齢グループに、少しの期間、参加させていただいたこともありました。
ちょうど、昨年の春頃、母のこれからをどうしたらよいのか、毎日頭を抱え、ひとり悩んでいた時期でした。
何げない会話の中で、そのグループの中のひとりの女性が、元県立高校の教師だったということが分かり、「実は私も小学校の教師だったんですよ」と話が弾み、その方のお母様も自宅介護の末、今は市内の老人ホームに入っていることやお金がどの位かかるかということ、そのホームを選んだポイントなど様々な情報をくださいました。
「また何かあったら、いつでも相談に乗りますから。おひとりで抱え込まないでくださいね。」
お互いに名前も何も知らない方です。 ありがたかったです。

湖北台中央公園には、健康遊具?もあります。
そこで運動をしていたまたまたご高齢の男性に、「こんなにお元気で。何か健康の秘訣っておありなんですか?」と訊ねると、「病気は自分で治すこと。お医者さんや薬はそれを助けてくれるだけ。これでも、あちこち病気にかかってるんだよ。でも、自分で治してやると思っていると病気が逃げて行く気がするんだよね。まあ、それでダメなら寿命だね。」
ほう...と感心するばかりでした。 でも、その一言がその頃の私にはとても大きな支えでした。

ワンちゃんの散歩をしている方に、「かわいいですね!」と声をかけたら、「このあたりにお住まいですか?」と返してくださり、「はい、数年前に越して来ました。姉はずっとこのあたりに住んでいて。でもガンで亡くなり、今は私が母の面倒を見ているんです。」と身の上話をすると、「それは、大変でしたね。お姉様はどのあたりに?」と話が進み、「えっ!千恵子さんの弟さんなんですか?私、千恵子さん、よく知っているんですよ!ねぇ、あんなにお元気だった千恵子さんが...」と、偶然、亡くなった姉を知っておられる方で。 そんな奇跡のような出会いもありました。


ほんとにたまたまではありますが、そんな出会いや会話があるのもうれしいサプライズです。

気軽にあいさつし合ったり、声をかけ合ったり、ちょっぴり身の上話をしたり、人生の先輩から大切な一言をいただいたり...

そんな湖北台中央公園がすぐそばにあるこの街に住む幸せを感じています。


これからもこのルーティンを続け、今年は、元気に秋を満喫出来る自分でいたいと思います。

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がんばれ! 長野市立昭和小学校

長野県の方からこんなうれしいブログコメントが届きました。

以前、2月のミューザ川崎シンフォニーホールでの演奏を記事に取り上げていただき、感謝の気持ちをお伝えしました、長野市立昭和小学校の保護者です。
娘は当時6年生でしたので、卒業して中学生になりましたが、この度、昭和小学校が東海大会をトップ通過し、ついに全国大会出場が決まりました。
田川先生のブログで名前を挙げていただいたことを励みに、また今年も最高の演奏をと練習してきました。
徳武みすず先生も、ずっと全国を目指し、華やかなパフォーマンスの学校が全国に行く中、それでも「音を大切に」とオーソドックスな演奏スタイルを変えずに取り組んで来られた結果、やっと掴みとった切符です。
「子どもたちを全国に連れて行ってあげたい」とおっしゃってくださっていた徳武先生の願いが叶い、今の部員はもちろん、保護者、歴代の教え子たち、地域のみなさんも喜んでおります。
是非、田川伸一郎先生にも、また聴いていただける日が来ますように。 
本当にありがとうございました。



今年の2月にミューザ川崎で開催された「全国小学校管楽器合奏フェスティバル東日本大会」に出かけた私は、初めて聴かせていただいた長野市立昭和小学校金管バンドの演奏にとても感動し、ブログにご紹介させていただきました。

その日の記事です。
http://schoolbandsupporter.blog24.fc2.com/blog-entry-1400.html

私が書かせていただいた紹介文です。

・長野市立昭和小学校金管バンド部(81名)
「これだけ多くの人数の金管バンド、きっと大きな音(爆音)での演奏かな」と思いきや、理性あるまとまったパートごとの音色、絶妙なバランス感覚、何より「歌がある演奏」でした。先生が何をしたいかがはっきり分かり、それが子どもたちに伝わってバンド全体が一つの「表現体」になっていました。ひとつひとつのフレーズに対する子どもの思いが伝わって来るハートの演奏でした。練習時間は少なめのようですが、これだけひとつになった音と音楽を作り上げた先生と子どもたちに拍手!「楽器で歌うバンド」でした。



その後、昭和小学校の数名の保護者の方々から、お礼のブログコメントを頂戴いたしました。
私の小さなブログを見つけてお読みくださったこと、私の気持ちが伝わったことに、こちらが感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そのありがたいお礼のブログコメントを取り上げさせていただいた記事です。
http://schoolbandsupporter.blog24.fc2.com/blog-entry-1407.html


昭和小学校のあの日の演奏は、時が経っても私の心にずっと響き続け、今年度、『秋風の旅人』を演奏している小学校のレッスンでは、「あの演奏のように...」と、心に訴えかける演奏や徳武先生の指揮を思い出しながら、アドバイスしている自分がいました。

「全日本小学校バンドフェスティバル」は、11月18日(土)に大阪城ホールで開催されます。
マーチングの学校も一緒ですし、アリーナという環境を生かし、座奏であっても派手な演出も登場する大会です。

予選でも、「吹奏楽コンクール」とは違い、全くの座奏ではなく、動きやパフォーマンスを付けた演奏が有利に評価される面もあるのでしょうか? (このことはよく知りません。)

その中で、徳武みすず先生と昭和小学校の皆さんは、きっとそのようなパフォーマンスに頼らず、「音と音楽」で勝負されたのだと思います。
そして、「心に響く音楽」で、初の全国大会への切符を勝ち取られたのだと思います。

残念ながら、今年度は昭和小学校の演奏を聴ける機会はありませんが、あの『秋風の旅人』の感動を改めてかみしめながら、大阪城ホールでのご健闘、そして、今年度最後の演奏までの先生と子どもたちの活動を心から応援しています。


徳武みすず先生、昭和小学校金管バンドの皆さん、「全日本小学校バンドフェスティバル」ご出場、本当におめでとうございます!

皆さんの「心に訴えかける演奏」を、大阪城ホールいっぱいに響かせてください!

千葉から皆さんを応援しています!



今回も、うれしいブログコメントをくださった保護者の方、ありがとうございました。

これからも、良き応援団として先生と部員たちの支えであり続けてください。


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哀悼の意を込めて

先日、東日本学校吹奏楽大会に出かけた時、受付でお仕事をされていた栃木県の知り合いの先生から、まさかの悲しいお話を告げられました。

現職時代、親しくさせていただいた栃木県の星野淳先生が9月11日にご病気のため、亡くなられたと...


星野淳先生は、栃木県の中でも、特に熱心に吹奏楽指導に当たられていらっしゃいました。

私は、星野先生が日光市立大室小学校にお勤めの頃、特に親しくさせていただきました。
日頃はなかなかお会いする機会はありませんが、コンクール会場でお会いすると、いつもお声をかけてくださり、その上、「私の目標は田川先生です!」とまでおっしゃってくださっていました。

実際、大室小学校では、『紅炎の鳥』、ミュージカル『ミス・サイゴン』、『マゼランの未知なる大陸への挑戦』、序曲『ピータールー』と、私がコンクールで取り上げた曲に、後を追うように挑戦され、毎年毎年栃木県代表に選ばれていらっしゃいました。

忘れもしない平成18年の茨城県水戸市での東関東大会。
私は、新浜小最後の年で、樽屋雅徳さんに委嘱して書き下ろしていただいた『ノアの方舟』で出場しました。
水戸での出演は朝の2番...新浜小最後のコンクールにかけていた私は、子どもたちと宿泊で出場することにしました。

東関東大会の前、星野先生と連絡を取り合っていたところ、大室小が私たちのすぐそばに宿泊するということが分かりました。
大室小は4番の出演でした。
当日の演奏は聴けないと分かったので、星野先生にお願いし、新浜小の子どもたちと、大室小の前日練習を少しだけ見学させていただくお願いをしました。
先生は、「そんな!おそれ多いですが、前日に田川先生や新浜小のお子さん方に会えるなんて夢のようです。ぜひお願いします。」とおっしゃってくださり、見学が実現しました。
大室小の演奏曲は、新浜小が前年度に演奏した『マゼランの未知なる大陸への挑戦』でした。
人数は多くないのに、ひとりひとりが高い技術と強い意思を持って、素晴らしい演奏をされていらっしゃいました。
新浜小の子どもたちは感動とショックを受け、それを気合いに変えて、コンクール当日は予定より早い5時前からみんな起き出して練習を始めたほどでした。

・・・そんなお付き合いをさせていただいた、良き指導者仲間であった星野先生でした。


東日本大会の時は、知り合いの先生もお仕事中でしたので、ゆっくりお話しすることが出来なかったのですが、先日、長いお手紙を頂戴いたしました。

星野先生は、3年間ほど、闘病されておられたそうです。

今年2月のミューザ川崎での「2017全国小学校管楽器合奏フェスティバル・東日本大会」に、栃木県代表として出場されることになった星野先生の勤務校・日光市立大沢小、奥様の勤務校・日光市立鬼怒川小、そして、日光市立大室小の「3校合同バンド」は、星野先生が数年前からやりたかったという『レ・ミゼラブル』を演奏されました。
星野先生は、この合同バンドの指揮をされることになっていたそうです。
その「夢のステージ」の1週間前に急に倒れて入院され、奥様も付き添われ、「3校合同バンド」は2校の指導者が不在となりましたが、それでも、他の先生方や保護者の方々の支援を受け、大室小の倭文小百合先生が指揮され、立派に演奏されました。

その後、入退院を繰り返され、9月11日の夜に、50歳という若さで旅立たれました。

お通夜には約600人、告別式には約400人、延べ1000人もの方々が参列され、会場では、星野先生が子どもたちと奏でられた数々の音源や映像が流れていたそうです。

私の持っている東関東大会のDVDにも、新浜小の『ノアの方舟』の2つ後に、大室小の『マゼランの未知なる大陸への挑戦』が収められています。
偶然とはいえ、私を追いかけてくださった星野先生と共に映像が残されたことに特別な思いを持ちます。


3年間の苦しい闘病生活の中でも、少しでも調子が良いと、復職され、大沢小の子どもたちのバンド指導にも当たられていたという先生。
人生の最期まで、子どもと音楽を愛し、「ミューザ川崎のステージで大好きな『レ・ミゼラブル』を演奏するんだ」と、夢を持って病と闘い続けられた先生。

神様が、せめてあと1週間と少し、先生に時間をくださっていたらと、残念でなりません。


栃木県の知り合いの先生方は、「星野先生の思いを受け継いで、どんな苦労があっても子どもたちのバンド指導を続けていくことが、先生への一番の供養になると思います」とおっしゃっています。

本当にそう思います。 
私自身も...


「星野先生のような方が、私を目標にしているなんてもったいないですよ。先生は、もっと高い目標を持たなきゃ!」と、笑いながらお話ししていたあの日...

先生が、命をかけて子どもたちの教育やバンド指導に注いだ思いは、私などよりはるかに上でした。

やはり、「田川という目標」なんか、さっさと乗り越えて、私の前を歩いておられたのです。

そんな星野先生と、もう一度、笑いながらお話ししたかったです。


星野先生は、天国から、日本中の先生方と子どもたちの音楽への熱意を応援しながら見守ってくださると思います。

私も、心のどこかに星野淳先生のお姿とお心を置いて、生きていきたいと思います。

先生、本当にありがとうございました。


星野淳先生のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

合掌


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