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Author:schoolbandsupporter
田川伸一郎のブログへ
        ようこそ!
小学校教師として、30年間、音楽専科や学級担任、そしてバンド指導にかかわってきました。現在は、フリーの「スクールバンドサポーター」として、小中高等学校のバンド活動を、顧問の先生や部員たちの願いや悩みに寄り添いながら、これまでの経験を生かしたアドバイスで支援させていただいています。

東京都品川区立日野中学校、都立小山台高等学校で吹奏楽部員(パーカッション)として活動。
千葉大学教育学部音楽科卒。
千葉市立犢橋小学校、千葉市立幸町第三小学校、市川市立大柏小学校、市川市立新浜小学校、市川市立真間小学校に勤務。
在職したすべての学校で、吹奏楽部を設立、または継続指導し、5校すべてを「TBSこども音楽コンクール」「全国学校合奏コンクール」「日本管楽合奏コンテスト」等で計14回の全国一位に導いた。
「日本管打・吹奏楽学会」会員

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失われた時
4月も今日で終わりです。

二度と取り戻せない学校生活は、もう2ヶ月が消えました。
そして、さらに1ヵ月は確実に消えそうです。

勉強はもちろん、学生にとっては勉強と同じ位大切な部活動では新入部員の募集や顔合わせも出来ないまま、新年度が過ぎています。

「9月始業案」も叫ばれています。
日常を取り戻したい気持ち、「失われた時」を取り戻したい気持ちは誰もが一緒です。
「9月始業」が実現し、この「失われた時」は、元々無かったものとして、もう一度リセット出来たら、この上ない幸せです。
行事や部活の大会も、半年シフトで開催出来たとしたら、それは夢の中の出来事のように幸せなことです。


しかし...
現実は...

大金を使った「アベノマスク」
誰も、そんな物にお金と手間を使って欲しいとは思っていない。
もっと大切に、早く考えて欲しいことがある。
マスクは、手に入れるか、作るかして、皆、何とか用意している。
国をあげてやって欲しいことではない。
第一、「アベノマスク」を配るのに、郵便屋さんや運送業の方々の負担を増やすことになることは考えなかったのだろうか。 
休日も通常以上に働かざるを得ない医療関係者をはじめとする多くの方々、逆に仕事を失って途方に暮れる方々のことも考えずに、のんびりソファで寛ぐ動画をアップするほどの幼い自己アピールをする安部さんだから仕方ないか。

「国民全員に10万円支給」だって、いつになることやら。
こういう時のために、「マイナンバー」を作ったんじゃないのかな。
大騒ぎして作った割には、どこにどれだけ活用されているのか。
今こそ、使う時ではないか。

いずれにしても、私の元に、「アベノマスク」が届くのも、10万円が振り込まれるのも、きっと数ヶ月先のことだろう。
すぐに来るだろうなんて、期待もしていない。

様々な国の首相や政府の判断力、決断力、スピード感を見るにつけ、日本は国民ひとりひとりの意識と真面目さと努力のおかげで成り立っている国なのだなとつくづく思う。


こんなノロノロ政府だから、今のタイミングで、日本の全ての幼稚園から大学、専門学校等、そして、社会の「年度開始」を9月に変更するスピード感や説得力、実行力など持ち合わせていないと、私は諦め気分だ。
その必要性が、まだ国民の大きな要望にはなっていないことも事実。
命・経済・明日の生活のための収入の方が、ずっとずっと大きな重しになっている。

「9月始業」を唱える知事さんたちも、どうせ無理なことを承知の上で、「人気取りアピール」をしているようにすら思える。
言うだけなら簡単だから。
それで支持率が上がるなら言っておこうと。

今から半年後に、歴史的な制度の転換が出来る位なら、この「失われた時」の間に出来ることはもっとあっただろう。
2月末の突然の全国一斉休校要請の時以来、「今が最も大切な時です!」を何回聞いたことか。
どれが本当に「最も大切な時」だったのか。
自粛させるだけさせておいて、国として一体何がどれ位進んだのか。 進ませたのか。

「アベノマスク」「1人10万円」...それもまだ実行されていないけれど、あとは?

「9月始業」は難しいと考えていた方がショックが少ない。

高校生たちがネットで署名しようと、数名の知事さんが提案しようと、現場からそういう声をあげようと、残念ながら難しいように思う。

元々、数年間かけて検討、計画、移行、実行していく大がかりな懸案なのだから。



話は変わるが...

戦争中、どれだけ多くの子どもが学習の機会を奪われ、それどころか戦争のために駆り出され、あるいは戦禍の犠牲になったことか。

沖縄を訪れ、「ひめゆり学徒隊」の事実にじっくり触れた時、あまりの惨劇に身体が震えた。
まぎれもない高校生たちの確かな過去だ。

3000~4000人が大切な命を落とした「神風特攻隊」は、17歳から成っていた。
まさに、今の高校生、大学生たちと同じ年代の若者たちの確かな過去だ。

悲しいことに、今の日本の平和は「戦争」という過去の上に成り立っている。
多くの犠牲者のおかげで成り立っている。
多くの子どもたちの犠牲の上に成り立っている。

それは、実感としては、すでに風化しつつある。


今、苦しい自粛生活が続いているが、戦争中と違って、爆弾は落ちて来ないし、集団自決する必要もなければ、神風特攻隊を志願する必要もない。

食べ物も手に入る。

様々なツールで、今を少しでも楽しく生きようとする前向きな呼びかけがこだまする。

見えない敵と闘いつつも、戦争中より、まだずっと幸せ。

むごい戦争によって「失われた時」よりも、ずっとずっと幸せ。


学びの機会、心に残る行事や部活動...あたりまえであるべき日常を守りたい児童・生徒の思い、そして、それを授けたい大人たちの思いは当然。

「9月始業案」が叫ばれるのも、そんな気持ちの表れ。

でも、それが出来なかった「最悪の場合」に何が出来るか...

今は、戦時中ではないから、まだ自由が残されている。

それだけでもマシと考えて、そこから前に進む道を皆で探そう。


今の平和な日々は、多くの「失われた時」と「失われた命」のおかげで成り立っている。

日頃は忘れてしまいがちだが、今、そんなことを考えながら、私もじっと耐えている。

こうして生きていられるだけでも...

ありがたい。



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日記 | 13:50:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
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