田川伸一郎のブログ

「人と人の絆 それが部活動」~高橋健一先生のブログから

私の大切な吹奏楽仲間、船橋市立船橋高等学校吹奏楽部顧問の高橋健一先生のブログからの転載です。(ご本人の承諾をいただいて掲載させていただきました。)

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1月26日 朝日新聞 声

亡くなられた浅野大義君のお母様です。

恐らく告別式当日か、翌日にお書きになり朝日新聞 声 に投書されたのだと思われます。

私の勝手ながらの推測ですが、お母様は書かずにはいられなかったのだと思います。大義君の為に集まった大勢の人たちへする畏敬の念と感謝。そして、昨今、学校教育に部活動は必要ないという風潮に一石を投じられたのだと思います。

読んで、涙が止まりませんでした。

お母様の気持ちに対する感謝です。

と同時に
部活動を100%否定する世の中の動きに対し、私は真っ向から反対しています。驚いたことは、長時間労働問題の根源は日本の部活動にあるという記事を読んだ時です。

以前から、書かせて頂いているように物事に100%はありません。どんなことでも、如何なることでもプラス面とマイナス面はあります。

部活動が100%正しいとは私も考えておりません。マイナスの面もありますし、考えていかなければならない点はあります。しかし、それは何事も同じです。

昨今、学校教育において、部活動は無意味であると飛躍された考え方の方々がここぞと持論を述べられていますが、どうなのでしょう。あまりに考えが稚拙であり、偏っているように私には思えました。

確かにマイナスの面は認めます。が、部活動が日本社会の中で、日本文化の中で、学校教育の中で、かなり大きな位置にあることは間違いありません。以前から書かせて頂いているように、明日、日本中の小、中、高校の部活動担当教師が、部活動を放棄したら、街は行き場のなくなった若者で溢れかえることでしょう。それが何を意味するか。言わずもがな。

私は部活動を軸として学校教育を行なって来ました。生徒指導も、授業も、学校行事も根幹にあるものは部活動です。これは、学校関係者以外の方々には理解出来ないと思います。

そういう理解出来ない方々は一度指導困難校と呼ばれる高等学校や荒れている中学校などで、3年間くらい研修されることをお勧め致します。学校がどういう問題を抱えているか、机上の空論ではなく、その目で見て、生徒と本気で向き合ってから、部活動の問題を述べていただきたいと思います。

私にも迷いはあります。
常に迷っていると言っても過言ではありません。そういう中での浅野さんのこの記事。母親として、一人の人間として、書いてくださったこの文章に私は救われました。浅野さん、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

私の方がお世話になりっぱなしです。
ありがとうございます。

そして、この記事をわざわざ私に送ってくださった教え子、先生方、他県の先生方、本当にありがとうございます。

大義のお陰で、また人の温かみを感じました。

大きい人だ、君は。


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浅野大義君は、市立船橋高校吹奏楽部の卒業生。
高橋先生の大切な教え子です。
約1年半の闘病生活の末、20歳という若さで亡くなられました。

このブログでもご紹介させていただいたように、12月の市船吹奏楽部の定期演奏会は、胸に込み上げる感動をいただいたすばらしいものでした。
その演奏会に、彼も命の最後の力をふりしぼって、車椅子で聴きに来ているのを私は見ていました。

市船定期演奏会の一番の見どころである「吹劇」の今回のテーマは、「生ききる」でした。
その「吹劇」を観たあと、彼は天国へと旅立ちました。

その後の高橋先生のブログは、涙無しには読めないほど、浅野大義君という人がどれだけ温かい人だったのか、そして、彼の仲間たちがどれだけ温かい人たちなのかということがわかりました。

富山で読んだ先生のブログに朝から涙し、高橋先生にメールを送りました。
先生は、私からのメールをご自身のブログに載せてくださいました。

この新聞記事のとおり、先輩・同輩・後輩たちが、彼の葬儀のために、160名以上も集まって、音楽で見送ってあげたそうです。

「人と人の絆・・・それが部活動」 先生と仲間たちは、まさにそのとおりのことをされたと思います。

市立船橋高校吹奏楽部顧問 高橋健一先生のブログはこちらです。
http://blog.livedoor.jp/ichifunawoct/

高橋先生が、上記のように部活動についてお考えなのと、私は同じ考えを持っています。

今、「部活動はブラック」とか「部活動のせいで教師が忙しく、過労状態」とか「部活は教師の仕事から外していくべき」という話題がクローズアップされています。

しかし、現実には、部活動をとおして、授業や行事では得られない感動や達成感、仲間との絆、先生と生徒の信頼関係が育まれ、それを支えに教師人生を送っていらっしゃる先生も山のようにいらっしゃいます。

今、本当に教師を多忙にし、過労させているのは、部活動ではなく、以前では考えられなかったほど多くの文書処理、教育委員会からの調査、時間に関係なく押し寄せる「モンスターペアレンツ」への対応、出張・会議・研修(さほど意味のない内容も)の増加...そういったことに費やす時間とエネルギーが物凄く、結果的に、部活動に思い入れを持ち、感動出来るほどのゆとりがなくなっているだけだと思います。

ますます大変になっていくであろう教育現場のことを想像しつつも、「教師になりたい」という夢を持って勉学に励む学生の中には、「部活動で自分が体験した感動を伝えていきたい」という思いを持っている人も多数います。
千葉県には、市立習志野・市立柏・市立船橋・幕張総合・船橋東などトップバンドの高校で吹奏楽部に明け暮れ、そこで得た感動を胸に教師になっている人が増えています。
とてもうれしいことです。

私の現職時代にも、授業や行事だけでは「生き甲斐」や「エネルギーの出し方」を見つけられない子どもがいました。
吹奏楽がなかったら、不登校、あるいは遅刻ばかりしていたかもしれない子どももいました。
ご家庭の事情や本人の性格で、学校生活に全力で取り組めなかった子どもが、吹奏楽部に入ったことで「頑張れる自分」を見つけ、その後の生活態度や学習への取り組み、将来への夢や努力の仕方までが大きく変わった子どももいました。
今、レッスンでお伺いする学校の多くにも、「あの子は部活がなかったら、学校に来なくなるかも...」という、学習や生活の困難を抱えたお子さんがいます。

それほど、部活動は、子どもの心の支えになっているものなのです。
「エリート育ち」のお偉いさん方にはわからないかもしれませんが。

部活動の指導に力を入れた分、授業や校務で手抜きするはずなどありません。
放課後練習の指導を終え、「勤務時間」を終えてからの教材研究や事務仕事...当然、退勤は遅くなります。

部活を指導している、いないで、教員の給与は変わりません。
休日の指導で、ほんのわずかな手当が付くだけで、朝や放課後の勤務時間外の指導をしても何の手当もありません。
それは、部活以外の仕事についてももちろん同じです。

しかし、それ以上の「財産」が心に残されていきます。
子どもと共に流した汗と涙と感動、深いつながり、指導者としての自分磨き、人様の温かみに支えられること...
お金では代えられない教師冥利に尽きる「財産」です。

「部活動指導が負担」云々の前に、もっと考え、軽減しなければならない負担が、今の教育現場にはあります。
真面目で教育熱心な先生が、心折れ、休職や退職をされてしまう理由に、「部活動指導が負担で」ということはほとんどないと私は思っています。

先生方がもっともっと心痛め、疲弊することが、今の教育現場にはあるのです。
「部活はブラック」などと言う前に、「教師の本当の負担」を、お偉いさん方やマスコミの方々に知ってもらいたいです。


・・・浅野大義さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

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| | 2017-02-01(Wed)23:48 [編集]