田川伸一郎のブログ

支えていただいた心

犢橋小学校時代のファンです。

ブログ、楽しく拝見致しました。
今でも大変なご活躍をされていらっしゃるとのこと、
とても嬉しくて懐かしくて、思わずメールしてしまいました。

田川先生が犢橋小学校に赴任されていた30数年前、娘が犢橋小学校に通っておりました。
娘は合奏部には入部していなかったのですが、田川先生と合奏部の活躍は当時とても素晴らしく、演奏に感動した私は、至るところに聴きに出かけておりました。
まるで追っかけのように(笑)
今でもあの頃の演奏は、脳裏に焼き付いているように思います。

幸町の小学校に異動されて、そちらで日本一を受賞された際も、思わずお祝いに花束をお贈りしてしまいました。
それ程、田川先生と子供達が生み出す演奏に魅了されていたのだと思います。

その後のご活躍も今回、ネットやブログで知りました。
本当に素晴らしいですね。
また機会があれば、田川先生の作り出す演奏を聴きたいなと思っております。
どうぞお身体には気を付けて、素敵な音楽を届け続けて下さい。



昨日、ブログを通していただいたメールです。
お名前も書いてあり、すぐに、「あっ、あの子のお母さんだ」と思い出しました。

合奏部には入っていませんでしたが、リコーダーがとても上手な女の子でした。
何度か、「合奏部に入らない?」と声をかけましたが、彼女はやりたいことがたくさんある女の子で、見事にフラれてしまいました。
でも、音楽の授業の時には、いつも楽しそうに歌ったり演奏したりしていました。


新卒でお世話になった犢橋小学校での4年間は、私の教師人生の基盤を作ってくれた出会いばかりでした。
深くかかわった子どもたちや保護者の皆様だけでなく、このように、私が取り組んでいた活動を温かく見守り、追っかけ、ご声援くださった保護者の方々、地域の方々もたくさんいらっしゃいました。

お子さんは部員でないのに、「京成バス」にお勤めだったあるお父さんは、「合奏部が遠征する時には、特別にうんと安くバスを出しますから、先生、声かけてね!」と私に言いに来てくださり、実際にお願いすると、「えっ!そんなに安くていいんですか?」というほどの値段でバスを出していただいたこともありました。(今だから公言できます!)

楽器購入のために、私が先頭に立って廃品回収のリヤカーを曳いていた時に、「先生、新聞は子ども会に出しちゃったけど、これ気持ちだけ」と、「おひねり」をジャージのポケットに入れてくださった地域の方もいらっしゃいました。

現職だったある年の暮れに、ふと思い立って犢橋小学校を訪ねたことがありました。
校門の「千葉市立犢橋小学校」の金属表札を丁寧に磨いているおじいさんがいらっしゃいました。

「こんにちは。おじいちゃんも、犢橋小学校のご出身なんですか?」と話しかけると、「そうだよ。年末にはいつもこうやってお掃除だ。そう言えば、昔、この学校は音楽で日本一になってねぇ。若い熱心な先生がいてさ。この体育館で演奏会やってくれて、それはそれは感動したよ。母校が日本一だよ。うれしかったなぁ。」

「あの...私は、その時のその若い先生なんです。田川です」
「おぉ、そうかい。あの時はよくやってくれたなぁ。ありがとうよ。」と、私の手を握りしめておっしゃってくださいました。
たまたまのおじいさんとの出会いでしたが、当時私は、とても落ち込んでいた時期で、心にふっと灯をともしていただいような気持ちになりました。


12月に教え子たちが集まった時にも、この話を彼らには話しましたが、犢橋小学校の地域の方々は私たちが思っている以上に、私たちのことを応援してくださり、誇りにすら思っていてくださったのだと...

昨日いただいたお母様からのメールに、改めて犢橋小学校時代の私を見守ってくださっていた方々への感謝の思いがふくらみました。

今日もがんばれそうです。

・・・ありがとうございました。


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| | 2017-02-08(Wed)20:26 [編集]


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| | 2017-02-12(Sun)17:05 [編集]