田川伸一郎のブログ

お正月

1月も4日。

この年末年始は、たっぷり親孝行をしながら、家で静かに過ごしました。

日頃は、母の夕食は宅配弁当をお願いしてあるのですが、それもお休みですので、毎食しっかり手作りで振舞いました。
北海道の先生が送ってくださったカニやイクラもふんだんに使って...
温かい料理や野菜をたっぷり使った料理も...

味は?
母は毎食楽しみにしてくれていたので、一応「合格」と勝手に納得。

デイサービスもお休みで、運動不足になるといけませんので、手賀沼の散歩にも連れ出し、無理矢理歩かせました。

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かわいい鳥たちも新年のごあいさつに来てくれて...
出かけるまでは、ブツブツ言っていましたが、これも大成功!


そして、姉の墓前にも連れて行ってあげました。

墓前と言っても、姉は東京の田原町にある「東本願寺」併設の無宗教の納骨堂にひとりで入っています。
末期ガンの宣告を受け、「死」を覚悟してから、姉は自分で何でも決め、この納骨堂の予約もしてありました。
「洗礼」は受けないまでも、カトリックの信仰が深かった姉は、「無宗教」という自由さと、大好きな「浅草」「かっぱ橋」の街に近いここを選んだのです。
「家」に束縛される「先祖代々の墓」には入りたくないと...
姉らしい選択でした。

「戒名もいらない、お経もいらない、法事も何もいらない。そういうのは、私には何も必要ない。私を思い出してくれればそれでいい。」と。
母は、そんな姉の「考え」が耐えられないと言い、嫁ぎ先にも失礼だと言いますが、義兄は「本人の希望どおりにしてあげましょう。それが一番の供養ですから。」と、本当に優しい方です。

この「納骨堂」は、入る時にお金を払えば、管理費も不要です。50年経ったら場所を移して合祀していただけます。
「残った人に世話をかけたくない。」という姉の意思に合った「お墓」でした。

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お参りはここでしますが、お骨が入った「棚」の前には行くことができません。
たくさんの名札の中に、姉の名前も刻まれています。

これからも、年に数回は、母を連れて、姉に会いに来てあげたいと思います。


そして、車の中でのとぼけた会話...

「あっ、あそこに見える『つな八』なぁ。有名なてんぷら屋。あんた知っとる?」
「知らない。」
「まあ、知らんの?美味しいんよ。」
「どこにある?」
「あそこの赤い看板!あんた見えんの?目が悪いのぉ。」
「あの赤い看板?すみません。あれ、『つぼ八』なんですけど。」
「何やそれ?知らん。『つな八』やないのか。」
「かなり有名ですよ。『つぼ八』。」
目がお悪いのはどっち?

横断歩道で信号待ち...
「あのカップル、おかしい!」
「何がおかしいの?」
「...男が変!」
「どう変?普通の人だと思うけど。」
「...女も変!」
何を基準におっしゃることやら。お目が厳しいようで。

歩道を歩くお年寄りを見つけて...
「あのおばあさん、素敵や!」
「何が?」
「帽子かぶっとる!」
「帽子かぶれば素敵なら、帽子かぶれば?」
「いや、帽子と顔が似合ってハイカラや。お母さんには、あの味は出せん。素敵なおばあさんや。」
おばあさんには、実に好意的...
さっきのカップルも素敵だったと思うけどな。

いつも人の出入りが多い天王台の「NEC」の前も静か。
「明日からは、またにぎやかになるけん。」
「何で明日からだってわかる?誰が決めたの?」
「お母さん!」
ああ、そうですか。いつから、NECの社長になられたのでしょう。

「あしたから♪あしたから♪あしたからよ♪イェイ!」とまた替え歌。

と、まあこんなとぼけた会話をしながら出かけられる今を大切にしたいと思います。
とぼけてはいますが、きちんと「会話」ができる「今」を...。


昨晩は、東京で小学校教員をしているS君から、あまりに急で強引なお誘いがあり、彼の「勢い」に負けて出かけてしまいました。

千葉市立幸町第三小学校吹奏楽部の教え子3人です。
2人は担任もしていた子どもたちです。

ずっと会っていなかったH君は、びっくりするような「濃いイケメン」になっていてびっくり。
とても個性的だった彼の人生は、やっぱり個性的でした。

みんなと同じに流れるのが嫌で...と、
みんなが高校に行っていた3年間は、都内の有名な劇団に入って様々な表現力を育て、テレビのCMにも出ていました。
みんなが高校を卒業する時、そろそろ高校に行こうと決めて、アルバイトをしながら定時制高校へ。
そして、かなりレベルが高い私立大学を受験。一発で合格したそうです。
自分がこれだけの力を持っているってことがわかったからいい。別に大学に入ってどうしても勉強したいことがあったわけじゃないから...と、入学辞退。
それから、本格的に「自分探し」をして、もう7年間勤めているという今の会社に。
話の中から、彼が実に後輩思いで、見た目以上に優しい青年に育っていることがわかりました。

無軌道な行動のために、「個性」をなかなか認めてもらえなかった彼の小学校生活で、学級担任としての私と出会い、初めて「個性」を認めてもらい、音楽を好きになり、思いもしていなかった吹奏楽に没頭した3年間は宝物のように輝いているそうです。
そして、彼の「個性的な生き方」を束縛せず、彼を信じ、女手ひとつで立派に育て上げたお母さんのすばらしさを今さらのように尊敬します。
彼も、そんなお母さんを尊敬し、とても大切にしています。
「俺は、相変わらず自由に生きたいから、結婚はまだまだかな。今、仕事にも夢中だし。」というH君です。

東京都の小学校で6年生の担任を受け持ち、大きな大きな愛を子どもたちに注いでいるK君。
音楽大学を出たけれど、結局、保険会社に勤め、結婚して家庭を持ちながらも、日曜日には子どもの合唱団の指導で「本当の力」を発揮しているS君。

30歳の3人は、それぞれの「輝き」で新年をスタートしました。
小学校時代の彼らの輝いたトランペットの音色のように...

がんばれ!
それぞれの「自分らしさ」を大切に!

さあ、私も私らしく輝こう!

「強引な」お誘い、ありがとう!

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