田川伸一郎のブログ

思いをこめて...

今日は、茨城県の小学校バンドにお伺いしてきました。

以前にもお伺いした学校で、今日は2回目のレッスンとなります。

この学校は、2月にコンサートを開きます。
今日は、そのコンサートに向けて、今取り組んでいる大きな「組曲」のレッスンでした。

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今日は、他の小学校の先生も見学にいらしていました。
大宮南小学校の熱田先生の「開かれたバンド活動」のお考えが広がっているのでしょうか。
「せっかくのレッスンですから、一緒に勉強しましょう。」とお仲間の先生にお声をかけられたようでした。
すばらしいことです。

このバンドの顧問の先生は、バンド指導についてのノウハウをしっかりお持ちで、立派な実績の持ち主でもあります。
ですから、曲を組み立てるということについては、私のような者がお手伝いする必要はありません。

そこで、私は「音楽の内容」に迫るためのアドバイスを中心に進めました。

今日、私が特に大切にしたのは、「思いをこめて」という言葉です。

「思いをこめて」という言葉は、合奏指導でも、授業でも、何かの行事でも、よく使われる便利な言葉です。

しかし、「音楽的な根拠」のない「感情の言葉」として使われることも多いような気がします。

「思いをこめて演奏しましょう。」 「はい!」 
という、ただそれだけのやりとりです。
「ああ、もう卒業だなあ。」というような音楽表現と無縁な「思い」なら、それでいいのですが...

この場合の「思い」は、「気合い」とか「感傷」とかというような意味あいにしかなっていません。


「音楽表現」に直接結びついた「思いをこめて演奏する」とは、

楽譜が「要求していること」を読み取り、それを「自分の言葉」や「自分としてのイメージ」でとらえ、さらにそれを聴く人に伝えるにはどのようにしたらよいのかを考え、「それがわかるように」演奏する。

ということを経て、実現するのではないかと思います。


つまり、「曲の思い」をとらえて表現するということです。


今日は、「技術以上の何か」を求めているこのバンドの子どもたちと、そんな練習をしました。

じっと楽譜を見つめたり、書いたり、歌ったり、演奏したり、話し合ったり...

「合奏」として練習したのは、わずかな時間だったかもしれません。

微妙な「音符の違い」から、「音楽」の表す何が違ってくるのか...

作曲者が曲名の中に入れた「愛」という言葉。このフレーズの中では、どのような「愛」を伝えようとしているのか...
小学生のレベルでは難しいかと思われる発問もしました。

そして、文字での報告では書けないほど様々な活動をしました。

その中で、私が子どもたちから教えられた場面もありました。



気づいたら、3時間、全く休憩なしに、ピンと張り詰めた雰囲気で「深い学び」をした子どもたちでした。

「もう3時間たったよ。休憩もなしに、君たち、よくがんばったね。」と言う私の言葉で、いっせいに時計を見て、「エッ!気づかなかった!もうそんなに経ったんだ。」と驚いていた子どもたち。

先生も、「君たち、今日はすごかったね。いつもじゃ考えられないことだよ。すばらしい!」とベタぼめでした。
子どもたちはニコニコ!


「吹奏楽ができたおかげで、音符ひとつ、音ひとつからも、こんなに様々なことを感じ取り、表現できる子どもに育ちました。ここまで、育ててくださった先生、一緒にがんばってくれた仲間たち、支えてくれたたくさんの方々、ありがとう!という感謝を伝えること。しかも、それを「音で」「音楽で」伝えるのがコンサートの一番のめあてだと思います。だから、ただ練習するのではなく、すべての曲を今日のような方法でとらえて演奏してください。決して先生から教えてもらうのを待つのではありません。」

と話してまとめました。


最後に歌ってくれた『大空がむかえる朝』を歌うこどもたちの表情には、ひとりひとりが迎えようとする「明日の朝」「コンサートまでの確かな歩み」が見えるようでした。

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すばらしい先生、すばらしい仲間たちと、最高のコンサートをつくりあげてください!
また、お会いしましょう!







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