田川伸一郎のブログ

教え子の活躍 その2

千葉市時代の教え子の女の子(と言うか、もう「女性」です。)からメールをいただきました。
懐かしさと共に、少し重く、でも温かいメールでした。
私は、思いを込めて返信しました。

20年数年ぶりの彼女との「再会」でした。


田川先生
大変ご無沙汰しております。
幸町第三小学校時代、吹奏楽部でお世話になりましたA.Tです。覚えていらっしゃいますでしょうか・・。
田川先生のブログを発見できて、ご家族のお話や先生の今のご活躍を知ることができて、とても嬉しかったです。

ちなみに・・私も2008年に母が脳出血で倒れまして、現在、仕事は退職し、在宅介護で母の世話をしております。要介護5ということでほぼ寝たきりの状態ですが、訪問看護師さんやヘルパーさん、リハビリの先生に来ていただいて回復のために頑張っております。
このことも含め、改めてご報告をさせていただきたいです。
田川先生もお体には気をつけて頑張ってくださいね。
             A.Tより



A.Tさん
メールありがとう。もちろん覚えていますよ。
君は、特に合唱の時に「顔がいい!」とよくほめられていましたね。ちょっぴり甘えんぼさんだったこともよく覚えています。でも、吹奏楽部ですごく鍛えられたよね。

お母様のこともよく覚えています。あのお元気だったお母様が大変な状態とは...
信じられません。
お母さんに甘えていた君が、今、自分のかなりの時間とエネルギーを割いてお母様に寄り添って差し上げているのですね。
もう十分過ぎるほどがんばっていますよね。
だから、「がんばれ」とは言いません。

自分だけで抱え込まないように。
たくさんの方の手で、そしてプロの方の手もしっかりお借りしながら支えてあげたほうが、あなたもお母様も楽です。

2月に亡くなった僕の姉は、母の世話を「ちゃんと」するために、2年前、幼児教育の仕事をしながら夜学に通い、「ヘルパー2級」の資格を取りました。せっかくの力を生かせずに逝ってしまいましたが。 
姉がよく言っていました。 
「介護には、愛情だけではやりきれないものもある。知識と技術も絶対必要なのよ。私は、介護の学校に行かなければ、お母さんを愛情だけで支えようとしていたかもしれない。だから、専門家に任せられるところは任せた方がいいの。何もかも自分だけで支えようなんて思ったら、自分が先に潰れちゃうわ。」と。

本当にそう思います。
まだ、僕は自分で何とか支えられることが多いけれど、近い将来、支えきれないことも次々起きてくることはわかっています。
その時には、無理をし過ぎず、今以上に専門家の方々のお力をお借りしようと思っています。

ともかく、ご自身のお体とお心を大切にしてください。
「あの笑顔」が君の原点だと思っています。
「あの笑顔」が失せないように、どこかで自分を自由にしてあげてください。
君が倒れたら、一番悲しむのはお母様です。
応援しています。
             田川より



田川先生
お忙しい中、ご返信いただき、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
そして、私を覚えていただいていたこと・・・感謝です。

母は2008年の11月5日に右脳出血で自宅で倒れました。幸い、その日は父が帰宅していたので、倒れてから病院に行くまでとても順調でしたが、母の出血の速度が速かったため、処置室に着いたときは意識不明でした。
その日、私は新橋の職場から帰宅途中、父からの電話で知りました。私が病院に着いたとき母はイビキをかいて寝ていました。
脳疾患独特の症状でした。頭の中は真っ白でした。倒れる数分前まで母とメールを交わしていましたから。信じられませんでした。
倒れた時の血圧が238でした。驚きです。
病院に着いたとき、たまたま脳外科の先生がいらっしゃったため、すぐ手術で出血箇所から血を取り出してもらいました。
手術は成功しましたが、数日後に水頭症を併発しまして、数日間、意識が混濁しました。脳室に溜まった脳水を管を入れて排出させなければならず、何度かまた手術をしました。結局、母は自分で脳水を体に排出することができないため、永久的に埋め込む形で管が頭の右上側から胃まで入っています。
この処置のおかげで意識もはっきりし、回復していきました。しかし、後遺症として左半身が麻痺しています。
でも、幸いに母は右利きなので、リハビリ次第で何とかなりそうです。

在宅介護を始めて早くも1年が過ぎました。
初めは不安だらけで、何もかもが手探りの状態で、とにかく自分に余裕がありませんでした。それこそ、ヘルパー2級の資格を取ろうかとも思いましたが・・・
ヘルパーさんや訪問看護師さん、ケアマネさんにいろいろ教えていただき、助けていただきました。

ヘルパーさんによる身体介護(清拭や洗浄、着替えなど・・)も、私も一緒に立ち会って見ながら学びました・・・盗みました。
退院前には、車椅子からベッドへの移乗、ベッドから車椅子への移乗、体位変換など理学療法士の先生から教えていただき、おむつ交換も看護師さんに伝授していただきました。
在宅になってから訪問リハビリの先生にも来ていただいているので、実際に難しくて困難な動作などはその時に教えていただいています。

そうしてバタバタやっていきながら気付けば今に至っています。慣れるまでが本当に大変なのですが、やれば何とかなるものだと思いました。

落ち込むこともありますし、自分の自由な時間はほとんどないので、気分転換の時間を作るのが本当に大変です。

でも、以前は意識もなく、意思疎通が取れなかった母も、今では意思疎通もとれ、会話も成り立っています。
笑ってくれるし、体の不自由以外は元気な母です。とても嬉しいです。
母は私にとって母であり、姉であり、親友であり・・かけがえのない人です。

また昔みたいに買い物に出かけたり、お茶をしたり、ご飯を食べたりしたいです。
今の母はリハビリ特訓あるのみ!!!なのです。

でも、頭痛を起こしたり、多々体調を崩したりもあるので、母のペースで・・まだ先は長いですが家族3人で頑張っていきたいと思っています。

私の目標は、母に早く元気になってもらって、「働くこと」です。
頑張ります!!
             A.Tより


お母様に寄り添う写真が添付されていました...
彼女は、キラキラした笑顔をしていました。

A.Tさん
長いメールをありがとう。
がんばっていますね。本当に...

でも、写真の君の顔がとてもにこやかで、お母様への愛が溢れていて、とても素敵です。
先生が励まされました。
どうもありがとう!
             田川より



このブログを通して、お父様やお母様、ご家族を介護されていらっしゃる方。障害をもったお子さんを一生懸命育てていらっしゃる方。お子さんの将来に不安を持ちながらも、勇気を持って「待とう」としていらっしゃる方...
日々の様々なご苦労やお悩みを、前向きに、明るく乗り越えていらっしゃる方からのメールをいただきます。
たくさんの方々に教えられ、励まされます。
短い言葉でしかお返事できなかったり、何もお返しできなかったりが多く、申し訳ありません。

「活躍」は、輝いた「世の中というステージ」の上だけではありません。
お父様に、お母様に、ご家族に、お子様に
愛を込めて寄り添われる時...
それは、十分過ぎるほどの「活躍」です。

世の中で、自由に、思う存分輝いている方をうらやましく思う必要はありません。
ご家族の中で、今、十分に「輝いて」いらっしゃるからです。

でも、時々は...
少しだけ自分を自由にしてあげてください。
がんばっている自分に、思い切り贅沢なご褒美をあげてください。

決してひとりで抱え込み過ぎないで...

そう思っています。
私自身も...。


*A.Tさんとのメールの文は、彼女の了承を得て掲載させていただきました。

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