田川伸一郎のブログ

坂下伸一郎先生

今日で11月も終わりです。

今週と来週は、私にも少し休みがありますが、来週後半から年末までは、また休みなくレッスンのご予約をいただいています。

まさに、「師走」...あちこちに走り回る日々です。

ありがたくてありがたくて...心から感謝です。


さて、今日は、坂下伸一郎先生のことを書かせていただきたいと思います。
今年度の『日本管楽合奏コンテスト・小学校の部』で、わずか18名の鹿児島市立吉野東小学校吹奏楽部を「最優秀グランプリ・文部科学大臣賞」...つまり、「日本一」に導かれたすごい先生です。


私が、坂下伸一郎先生を知ったのは、平成9年のことでした。
先生は、鹿児島県鹿屋市立寿北小学校にお勤めでした。

この年から、「全日本小学校バンドフェスティバル」が、マーチングと合同でアリーナでの開催になりました。
「小学生は、もっと子どもらしく広い空間を使って動きのあるステージを目指してほしい。」との全日本吹奏楽連盟からの「お達し」によるものでした。

私は、正直、「子どもを馬鹿にした発想だ」と腹立たしく思いました。

子どもだから動け?
子どもだからアリーナでいいだろう?


当時、私は、市川市立大柏小学校に勤め、平成4、6、7、8年度と、コンサートホールでの『全日本小学校バンドフェスティバル』に関東支部、東関東支部代表として出場させていただきました。

賞をつける大会ではありませんでしたが、「講評用紙」には、毎回、「小学生とは思えないほどの大人顔負けのすばらしい演奏に感動しました」と、ありがたいお言葉をいただいてきました。

それが突然ひっくり返され...
子どもが純度の高い音楽をすることが、まるで「間違ったこと」のように言われました。

そして、コンサートホールでの「全日本小学校バンドフェスティバル」は消滅し、なぜか、マーチングと同じアリーナでの「マーチングフェスティバル」に吸収されてしまいました。

それに伴い、千葉県大会も、「全日本の方針に従い、動的表現を伴った演奏を」という流れになり、動きがない学校は減点されるという不思議な「吹奏楽コンクール」になってしまいました。(しかし、長くは続かなかったのですが...)

そんなおかしな「音楽のコンクール」に子どもたちを参加させるのは意味がないと判断し、私は、吹奏楽コンクールに出場することをやめ、「TBSこども音楽コンクール」や「全国学校合奏コンクール」のように、「音楽の純度」を評価してもらえるコンクールだけに出場することにしました。


私が「吹奏楽コンクール」出場を取りやめた平成9年の秋、かねてから交流のあった北海道・上磯小学校吹奏楽部が、この「全日本小学校バンドフェスティバル」に北海道代表として出場することになり、私は会場の神戸ポートアリーナまで応援に行ったのです。

もちろん、上磯小学校の演奏にも感動しましたが、そこでたまたま聴いた寿北小学校の演奏が、私にはかつてない「衝撃の演奏」だったのです。

曲は、チャイコフスキーのバレエ音楽『眠りの森の美女』の「ワルツ」でした。
人数は、確か33名位だったのではないかと思います。

私の作っていた音楽とは違い、どこまでも緻密で、隙のない演奏でした。
ひとりひとりの子どもたちが、自分の役割を150%理解して、その責任を果たしているような意識の高い演奏でした。
それでいて、「訓練された」という束縛感のない、「子どもであることの神聖さ」が感じられるような幸せな空気感でした。

とてもとても残念なことに、アリーナという会場で、客席も落ち着かず、演奏中の私語や歩行も許されているような雰囲気だったので、このバンドの本当の音のすばらしさを十分に聴き取ることができなかったのです。

千葉に帰った私は、あのバンドの本当の音が聴きたい、あの子どもたちを育てている「坂下伸一郎先生」というすばらしい先生とお話ししてみたい...
偶然にも、お名前が「伸一郎」と、私と全く同じだったこともあり、勝手に親近感を覚えていた私でした。

電話の前で何度もうろうろし、迷いに迷ったあげく...
私は、勇気を振り絞って、寿北小学校に電話をかけました。

どのようにお話ししたか忘れてしまいましたが、神戸で聴いた演奏がすばらしかったこと、もっと良い環境で聴きたかったということ、先生のご指導を尊敬しているということ...夢中でお伝えしたと思います。

その電話の中で、坂下先生が、大柏小学校吹奏楽部や私のことを知っていてくださったということを知り、私は一層感激しました。
坂下先生も、私のことを「尊敬する先生」とおっしゃってくださったのです。

その後、何度かお電話やお手紙で先生と交流させていただいているうちに、私は、「先生のバンドの音をそばで聴いてみたい」という気持ちが抑え切れなくなり、寿北小学校までお伺いさせていただくお願いをしました。

先生はとても驚かれていましたが、私の気持ちが本心であることが伝わり、先生は見学を受け入れてくださいました。

先生はもちろん、子どもたち、保護者の皆さん総出で、大歓迎してくださいました。
私からのお願いどおり、先生は休日1日の練習をそのまま見せてくださいました。

先生は、私のような者を、「田川先生は、先生が最も尊敬している先生のひとりです」と子どもたちに紹介してくださいました。
「いや、逆です。先生が、坂下先生を尊敬しているんですよ。」
「いやいや、そうではなく...」
こんな「尊敬」の押し問答を、子どもたちはうれしそうに見ていました。


全員での腹筋などの体力トレーニング、ブレストレーニング、気が遠くなるほどの基礎練習、パート練習、そして合奏...

先生のご指導には妥協がありませんでした。
「子どもだから...」ではなく、「子どもだからこそ...」の精神でした。

正しいことをしっかりと教え込む。
身につくまで教え込む。
そして、それが冷たい訓練にならぬよう、いつも夢を語り、愛を注ぐ。

子どもたちは、坂下先生の「魂」をそのまま受け取り、自分の「魂」としてしっかり宿らせながらどっしりと歩んでいるようでした。

合奏に入らず、教室でひとりFのロングトーンをし続けているトロンボーンの男の子がいました。
新入部員のようでした。
「君は、1日この音の練習だけしているの?」
「はい、この音が美しくならないと他の音も美しくならないので、がんばっています。」
新入部員の男の子が、誰の「監視」もない教室で、ひとり「F」のロングトーンを練習し続けるこの「精神力」は何だろう。
でも、私は、「どうやったら、こんな精神力が身につくのですか?」という甘い質問はしませんでした。
その部分が、先生と子どもたちの厳しい駆け引きであり、先生の愛と信念の置き所であるからです。
簡単な説明で答えられることではないことなど、百も承知でした。
黙々と、退屈な練習をし続ける男の子の姿に出会えただけでも、私には大きな大きな財産でした。

「見学して学ぶ」とはそういうものだと思います。
何でもかんでも「教えてください」というのは、「見学して学ぶ者」の精神ではないと私は思っています。


クラリネットのパート練習では、もう散々練習してきているはずの『眠りの森の美女』の細かいパッセージの箇所を、メトロノームに合わせて練習していました。
「ここの部分、やっぱりまだリズムが崩れるよね。もっともっと正確に吹けないかなぁ。」
私からすれば、完璧に近い流れで吹けているパッセージでしたが、子どもたちは、まだ納得できていないようでした。
コンクールで金賞をもらい、九州支部代表として全国大会にまで出場したその曲に、まだ納得がいかず、細かい練習を積み重ねているのです。
「先生に怒られるから」ではなく、「自分たちが納得できないから」、こうやって皆で悩みながら、テンポを変えたりリズムを変えたりしながら、より精度を高めているのです。
もう冬です...コンクールがあるわけではありません。
そんなことは、このバンドの子どもたちには何の関係もないのです。

こんなひたすらな練習を積み重ねた結果としての合奏...私は、心の底にズシンと響くサウンドの雄大さと心砕いて練習した一音一音への愛情の細やかさに、涙がこぼれました。
あのアリーナではわからなかった音の輪郭や密度、息づかい...すべてが直に伝わって来ました。

雑駁な掴みで音楽をそれらしくまとめていた当時の私は、本当に恥ずかしくなりました。


先生ともたくさんお話しをさせていただきました。
あのアリーナでの演奏の空しさ、「小学生らしい音楽」をとても低いものに見ている考え方への憤り、良い音楽と良い子どもを育てたいという思い...すっかり意気投合した私たちでした。

それ以来、私も坂下先生も、距離は離れていても、思いは近く...
目指す音楽のこと、誰にも話せないような辛い思い...
折にふれ、互いに語り合いました。

その後転勤された名瀬市立小宿小学校、霧島市立国分小学校、そして、現在の鹿児島市立吉野東小学校...
どの学校でも、厳しい条件や事情を克服して、先生流のご指導を続けていらっしゃいます。

練習のスタイルも、子どもたちに伝えていらっしゃることも、「時代」や「地域」の違いに流されることなく、良い意味で頑固に押し通されていらっしゃいます。


子どもを信じ、子どもであることの神聖さをどこまでも大切にされるからこそ、妥協を許さず、本当に良いもの、本当に正しいものを教え続けようとしていらっしゃるのです。

乗り越え切れないほどの壁にぶち当たり、悲痛なお手紙をいただいたこともあります。

でも、先生は、「子どもたちの幸せ」のためなら、どんな壁も乗り越える精神力と愛情をお持ちです。
それが、子どもたちに伝わるから、あのような子どもたちが育ち、あのような音楽が育つのだと思います。


今の時代、今の教育の中で、自分が「正しい」と信じるものを、頑固に貫き通すことは、時には想像を絶するほどの苦しみや屈辱を伴うに違いありません。

それをされていらっしゃる坂下伸一郎先生は、私にとっては、尊敬を超えて「崇拝」するほどの人です。

これからも、お身体に気をつけられ、先生が「正しい」を思われることを、胸を張って子どもたちに伝え続けてほしいと願っています。



坂下伸一郎先生...

先生との出会いに心から感謝しています。
そして、これからもずっとずっと応援しています。



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久々の再会...坂下伸一郎先生と 
2013.11.4 文京シビックホールにて
 



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| | 2013-12-01(Sun)14:43 [編集]


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| | 2015-06-06(Sat)22:13 [編集]


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| | 2017-03-22(Wed)09:50 [編集]