田川伸一郎のブログ

後輩たちの「夢の実現」にエール!

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私の出身高校、東京都立小山台(こやまだい)高等学校です。

野球班(部活のことを「班」と呼ぶ学校でした。)が、選抜高校野球野球大会に「21世紀枠」出場校に選ばれ、甲子園に出場することになりました。


選抜高校野球大会への出場は、都立高校としては初めてです。
もちろん、学校としても初めての甲子園出場です。

昨秋の都大会でベスト8に入り、それまでの様々な実績も認められたことから選ばれたそうです。


私が高校生の頃から、「文武両道」の方針の元、小山台高校では班活動がとても盛んでした。

定時制があるため、どの班活も、遅くとも17時過ぎには完全下校しなければならず、私たちの「ブラスバンド班」も、時間ぎりぎりまで練習し、ミーティングなどは、学校の外でおこなっていました。(時々、それが長引いて、顧問の先生のお叱りを受けていました...)

「短時間で効率的な練習を」という活動を経験したおかげで、教師になってからも同じ方針で吹奏楽の指導ができたのかもしれません。

そんな少ない練習でも、吹奏楽コンクールでは、予選を突破し、都大会まで駒を進めることができました。
当時は、私立高校の玉川学園高、日大二高、明大明治高などが全盛期で、都立高で都大会まで進んでいたのは、小山台高校と板橋高校くらいでした。
学校にはティンパニーもなく、「椅子」を並べて練習し、本番近くに私の出身中学校である品川区立日野中学校からお借りして、40分位の道のりを大勢でかついで運び(お金がなくて、トラックではありませんでした。)、使わせていただきました。

「やる気さえあれば、大抵のことは何とかなる」という精神も、この貧しい小山台高校の吹奏楽活動で身につけたことは間違いありません。


運動系の班活も、この短時間練習の上に、狭いグランドを分け合って使うというハンディの中、最善を尽くした練習で、数々の実績を上げていました。

今回の野球班の快挙も、「班員52人を6班に分け、打撃やノックなどを8分交代で順番にこなす。1分も無駄にできない練習で培った集中力は、福嶋正信監督も『どこにも負けない』と認めるほどだ。」ということです。

悲しい出来事もありました。
2006年、シンドラー社エレベーターの不具合事故により、自宅マンションで亡くなった市川大輔さんは、当時、小山台高校の野球班の生徒でした。
彼が日誌に残した「限られた時間を自分に厳しく生きる」という言葉は、今も班員たちの合言葉になっているそうです。


甲子園での初戦は、21日です。

初の甲子園での戦いは想像以上に厳しいものだと思いますが、後輩たちの「精神力」を信じて応援したいと思います。

頑張れ、後輩たち!


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| | 2014-03-17(Mon)19:39 [編集]