田川伸一郎のブログ

3月11日

あたりまえのように朝が来る

あたりまえのように呼吸する

あたりまえのように歩き、話し、歌い、笑う

あたりまえのように・・・


そんなあたりまえのはずだった毎日が、無残に奪われたあの日

・・・

もしも、私が、あの日、そこに住む者だったら

あんなにもたくましく前を向いて歩けただろうか
悲しみや苦しみから這い上がれただろうか

テレビで被災者の方々が語る
「震災で失ったものは多いけれど、震災があったから得られたものも多いのです」
「震災で失ったたくさんのものと同じ位、これからの人生でたくさんのものを得られるように前を向いて生きていきたいと思います」

...私だったら、こんなことを話せただろうか


4年が過ぎ、私の思いは少し変わってきた

支援とか、理解とか、祈りとか
そういうことではなく

私は、自分の弱さや小ささや無力さや情けなさを、懸命に生きようとする被災者の方々から、ただただ思い知らさせる、教えられる...


いつか私の身にもやってくるであろう「その日」...
私が「被災者」になるであろうその日...

「震災」という災害ではなく、「病い」という災害かもしれない


何もできず、何もしようとせず、ただ茫然と、うずくまってうめいている自分が見える

歩き出す道を探そうともせず
歩き出す意思、いや、生きる意思さえ見失っている自分が見える

闇の中で、ひとり静かに、自ら命を絶とうとしている自分すら見える


こんな自分が、あたりまえの日々を送らせていただいている

いや、あたりまえの日々だから、何とか生き長らえている


私は弱くて、ダメな人間だ

だから、私が生きられる「あたりまえの日々」を、あたりまえ以上に生きたい

いつか来る「その日」に、じたばたせず、全てを受け入れて、静かに目を閉じられるように...


黙祷の中で、多くの失われた命の最期を思い、涙がとめどもなく溢れた

たくましく生きようとする「残された方々」の姿に、何度も涙が溢れた


支援とか、理解とか、祈りとか
そういうことではなく

私は、被災者の方々から、ただただ思い知らされている、教えられている


だから、今ある「命」に感謝し

今ある「あたりまえの日々」に感謝し

生きる

心をこめて...


                  水を運ぶ少年[1]
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| | 2015-03-12(Thu)21:40 [編集]


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| | 2015-03-12(Thu)21:49 [編集]