田川伸一郎のブログ

がんばれ! ママさん団員

先週の日曜日から、また東京ブラスコンコードの練習に復帰しています。

演奏会は、4月16日...例年より1週間早いだけでも、週一回しか練習出来ないTBCにとっては大きいことです。
私自身も、すでに焦っています。

昨日は、2週連続の練習参加でした。(次回から、また3週間、大きな仕事のため、参加出来なくなります。ううむ、マズい...)

昨日で、私は、やっと全ての曲を演奏してみることが出来ました。
皆さんは、とっくに演奏しているのですが...
打楽器内のパート分担は、まだ決定しておらず交替で練習している感じです。

去年は、マークさんという強烈なトレーナーが指揮者としても本番の第一部を振ってくださいましたが、今年はいらっしゃいません。
昨日は、曲によっては私が前に立って、「臨時トレーナー」として練習を進めさせていただきました。

「たまにやって来たくせに、皆さんの前に立つなんて本当に失礼だな」と自分では思っているのですが、逆に、だからこそ、ほんの少しでもお役に立つならばという気持ちでやらせていただいています。


昨日は、いつものような都内の公的施設が取れず、やむを得ず、若い団員が卒業した埼玉県の私立高校の一室をお借りしての練習でした。
顧問の先生にもご協力いただき、感謝でした。

東京ブラスコンコードの団員は、そんな若い学生さんから、私のようなオジサン、もうオジサン・オバサンと呼んでもいい年齢の方々(笑)、私以上の年齢の方(尊敬!)と、とても幅広い年齢層の人々です。


社会人のお仕事は様々ですが、「出産のための休団」を明けて間もない「ママさん団員」もいます。
ご主人のご都合がつかない日には、お子さん連れで練習に参加しています。

昨日も、ご自宅からは遠い練習場だったのに、お子さんを連れて練習に参加していました。

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ここまでして練習に参加している彼女には、頭が下がります。
ご主人のご理解もありがたいです。

お子さんは、とってもおりこうさんで、ママが練習している間は、静かにおんぶされていたり、ママのそばで遊んでいたり...
休憩時間には、近寄っていく団員にニコニコ笑って、「癒し」にもなってくれます。

家でも、コルネットの練習の音は聴いているそうですが、大人数の合奏の音を聴くのは、練習に来た時だけです。
シンバルの大きな音が鳴っても、泣きもせず、まるでおうちで聴けない音色を楽しんでいるかのようです。

きっと音楽が大好きなお子さんに育つんだろうな。
もしかしたら、将来は、お母さんと一緒にTBCの団員に?!


実際に、親子メンバーも一組います。
団長の白井さんと大学生の息子さんです。

お父さんの練習の音や演奏を聴いて育ち、中学校では吹奏楽部に入ってトランペットを始め、今ではかなり上手なソプラノコルネット奏者。


こうして、皆、それぞれの生活、仕事、勉強を本業としながら、日曜日には、楽しく真剣に練習に取り組んでいるTBCの団員たちです。

「ママさん団員」も、こうして頑張って練習に参加しています。
団員皆で応援している大切なメンバーです。


そんなTBC一同、4月16日、上野学園石橋メモリアルホールでお待ちしています!

詳細は、改めてお知らせいたします。

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「人と人の絆 それが部活動」~高橋健一先生のブログから

私の大切な吹奏楽仲間、船橋市立船橋高等学校吹奏楽部顧問の高橋健一先生のブログからの転載です。(ご本人の承諾をいただいて掲載させていただきました。)

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1月26日 朝日新聞 声

亡くなられた浅野大義君のお母様です。

恐らく告別式当日か、翌日にお書きになり朝日新聞 声 に投書されたのだと思われます。

私の勝手ながらの推測ですが、お母様は書かずにはいられなかったのだと思います。大義君の為に集まった大勢の人たちへする畏敬の念と感謝。そして、昨今、学校教育に部活動は必要ないという風潮に一石を投じられたのだと思います。

読んで、涙が止まりませんでした。

お母様の気持ちに対する感謝です。

と同時に
部活動を100%否定する世の中の動きに対し、私は真っ向から反対しています。驚いたことは、長時間労働問題の根源は日本の部活動にあるという記事を読んだ時です。

以前から、書かせて頂いているように物事に100%はありません。どんなことでも、如何なることでもプラス面とマイナス面はあります。

部活動が100%正しいとは私も考えておりません。マイナスの面もありますし、考えていかなければならない点はあります。しかし、それは何事も同じです。

昨今、学校教育において、部活動は無意味であると飛躍された考え方の方々がここぞと持論を述べられていますが、どうなのでしょう。あまりに考えが稚拙であり、偏っているように私には思えました。

確かにマイナスの面は認めます。が、部活動が日本社会の中で、日本文化の中で、学校教育の中で、かなり大きな位置にあることは間違いありません。以前から書かせて頂いているように、明日、日本中の小、中、高校の部活動担当教師が、部活動を放棄したら、街は行き場のなくなった若者で溢れかえることでしょう。それが何を意味するか。言わずもがな。

私は部活動を軸として学校教育を行なって来ました。生徒指導も、授業も、学校行事も根幹にあるものは部活動です。これは、学校関係者以外の方々には理解出来ないと思います。

そういう理解出来ない方々は一度指導困難校と呼ばれる高等学校や荒れている中学校などで、3年間くらい研修されることをお勧め致します。学校がどういう問題を抱えているか、机上の空論ではなく、その目で見て、生徒と本気で向き合ってから、部活動の問題を述べていただきたいと思います。

私にも迷いはあります。
常に迷っていると言っても過言ではありません。そういう中での浅野さんのこの記事。母親として、一人の人間として、書いてくださったこの文章に私は救われました。浅野さん、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

私の方がお世話になりっぱなしです。
ありがとうございます。

そして、この記事をわざわざ私に送ってくださった教え子、先生方、他県の先生方、本当にありがとうございます。

大義のお陰で、また人の温かみを感じました。

大きい人だ、君は。


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浅野大義君は、市立船橋高校吹奏楽部の卒業生。
高橋先生の大切な教え子です。
約1年半の闘病生活の末、20歳という若さで亡くなられました。

このブログでもご紹介させていただいたように、12月の市船吹奏楽部の定期演奏会は、胸に込み上げる感動をいただいたすばらしいものでした。
その演奏会に、彼も命の最後の力をふりしぼって、車椅子で聴きに来ているのを私は見ていました。

市船定期演奏会の一番の見どころである「吹劇」の今回のテーマは、「生ききる」でした。
その「吹劇」を観たあと、彼は天国へと旅立ちました。

その後の高橋先生のブログは、涙無しには読めないほど、浅野大義君という人がどれだけ温かい人だったのか、そして、彼の仲間たちがどれだけ温かい人たちなのかということがわかりました。

富山で読んだ先生のブログに朝から涙し、高橋先生にメールを送りました。
先生は、私からのメールをご自身のブログに載せてくださいました。

この新聞記事のとおり、先輩・同輩・後輩たちが、彼の葬儀のために、160名以上も集まって、音楽で見送ってあげたそうです。

「人と人の絆・・・それが部活動」 先生と仲間たちは、まさにそのとおりのことをされたと思います。

市立船橋高校吹奏楽部顧問 高橋健一先生のブログはこちらです。
http://blog.livedoor.jp/ichifunawoct/

高橋先生が、上記のように部活動についてお考えなのと、私は同じ考えを持っています。

今、「部活動はブラック」とか「部活動のせいで教師が忙しく、過労状態」とか「部活は教師の仕事から外していくべき」という話題がクローズアップされています。

しかし、現実には、部活動をとおして、授業や行事では得られない感動や達成感、仲間との絆、先生と生徒の信頼関係が育まれ、それを支えに教師人生を送っていらっしゃる先生も山のようにいらっしゃいます。

今、本当に教師を多忙にし、過労させているのは、部活動ではなく、以前では考えられなかったほど多くの文書処理、教育委員会からの調査、時間に関係なく押し寄せる「モンスターペアレンツ」への対応、出張・会議・研修(さほど意味のない内容も)の増加...そういったことに費やす時間とエネルギーが物凄く、結果的に、部活動に思い入れを持ち、感動出来るほどのゆとりがなくなっているだけだと思います。

ますます大変になっていくであろう教育現場のことを想像しつつも、「教師になりたい」という夢を持って勉学に励む学生の中には、「部活動で自分が体験した感動を伝えていきたい」という思いを持っている人も多数います。
千葉県には、市立習志野・市立柏・市立船橋・幕張総合・船橋東などトップバンドの高校で吹奏楽部に明け暮れ、そこで得た感動を胸に教師になっている人が増えています。
とてもうれしいことです。

私の現職時代にも、授業や行事だけでは「生き甲斐」や「エネルギーの出し方」を見つけられない子どもがいました。
吹奏楽がなかったら、不登校、あるいは遅刻ばかりしていたかもしれない子どももいました。
ご家庭の事情や本人の性格で、学校生活に全力で取り組めなかった子どもが、吹奏楽部に入ったことで「頑張れる自分」を見つけ、その後の生活態度や学習への取り組み、将来への夢や努力の仕方までが大きく変わった子どももいました。
今、レッスンでお伺いする学校の多くにも、「あの子は部活がなかったら、学校に来なくなるかも...」という、学習や生活の困難を抱えたお子さんがいます。

それほど、部活動は、子どもの心の支えになっているものなのです。
「エリート育ち」のお偉いさん方にはわからないかもしれませんが。

部活動の指導に力を入れた分、授業や校務で手抜きするはずなどありません。
放課後練習の指導を終え、「勤務時間」を終えてからの教材研究や事務仕事...当然、退勤は遅くなります。

部活を指導している、いないで、教員の給与は変わりません。
休日の指導で、ほんのわずかな手当が付くだけで、朝や放課後の勤務時間外の指導をしても何の手当もありません。
それは、部活以外の仕事についてももちろん同じです。

しかし、それ以上の「財産」が心に残されていきます。
子どもと共に流した汗と涙と感動、深いつながり、指導者としての自分磨き、人様の温かみに支えられること...
お金では代えられない教師冥利に尽きる「財産」です。

「部活動指導が負担」云々の前に、もっと考え、軽減しなければならない負担が、今の教育現場にはあります。
真面目で教育熱心な先生が、心折れ、休職や退職をされてしまう理由に、「部活動指導が負担で」ということはほとんどないと私は思っています。

先生方がもっともっと心痛め、疲弊することが、今の教育現場にはあるのです。
「部活はブラック」などと言う前に、「教師の本当の負担」を、お偉いさん方やマスコミの方々に知ってもらいたいです。


・・・浅野大義さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

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90歳の誕生日

今日、1月22日は、母の誕生日です。

私は、昨日から富山にお伺いしております。

去年の89歳の誕生日は、直前に家の中で転倒して肋骨骨折し、入院先の病院で迎えました。
入院は10日ほどで済みましたが、それからが私と母の試練の日々でした。

すぐに自宅に帰すのは危ないと、とりあえず一時預かりをしてくださる施設にお願いして様子を見ることに...

「早く家に帰して。迷惑かけないようにちゃんと生活するから」と言い続ける母。

入院、施設での生活で歩行力が極端に落ちてしまった現実。
「今の歩行力ではまた転倒の恐れが十分あり、とても危険ですので、ご自宅で生活されるなら、息子さんには極力そばにいていただかないと...」とおっしゃるケアマネさんや施設の方の言葉。

「介護離職」という言葉が、現実となって私の前に立ちはだかりました。
一時預かりの施設の想像もしなかったほど高い経費には、目の前が真っ白になりました。

母の願いどおり自宅に帰してあげて、「介護離職」してお世話するか、母が受け取っている父の遺族年金程度で預かっていただける「介護付き老人ホーム」に入れていただくか...本当に悩み苦しんだ半年でした。

7月のはじめ、それまであちこち探した中で、私が最も良いと判断した「老人ホーム」に入所してもらうことにしました。
「介護離職」は、私の勝手で逃れさせてもらいました。
母も、「あんたも生活があるからねぇ。お母さんのせいで仕事が出来なくなったら迷惑やしねぇ」と、納得してくれました。

今のホームの生活にすっかり慣れた母は、「ここは、みんなとても良くしてくれるし、葵の園のデイサービスにも行かせてくれるし、いい所よ」と話してくれます。

常勤の看護師さんがいらっしゃいますし、体調が悪くて気になる時には、提携している病院に看護師さんが連れて行ってくださり、お薬も貰っていただけます。
私には、事後報告で、仕事を急にキャンセルする必要もありません。

もちろん私も、出来る限り会いに行っています。

おかげさまで、元気に今日90歳の誕生日を迎えることが出来ました。

母の目下の目標は、2020年の東京オリンピックを見ることです!

「あんた、こんな寒い時期に、わざわざ北海道やら富山やら、えらく寒い所に行かんでもいいのに。でも、仕事だから仕方ないねぇ。風邪ひかんでよ。お母さんにうつされると困るから!」「はいはい、わかりました」と、相変わらずの調子です。

私が「介護離職」に怯えながら過ごした昨年の日々のことは、母の記憶には無いようです。

それでいいんです。 私は...

こうして、今、元気でいてくれるのだから。

自分の無力さと、人様のありがたさと...どんなに思いがあっても、私ひとりの力では、母の介護など全くできないことを改めて知ったこの1年でした。

みなさまのお力と真心があってこそです。 

本当に本当にありがとうございます。

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阪神淡路大震災22年目の祈り

昨夜は休むのが遅くなってしまったのに、今朝はなぜか5時過ぎに目が覚めてしまいました。

22年前の朝も、同じでした。
5時46分、大きな揺れにびっくりして目が覚めました。

「明日は1月17日、阪神淡路大震災の日」...と思いながら休んだせいか、あの朝の怖さがよみがえったのかもしれません。
テレビで見た阪神地区の惨状は今でも忘れません。

そして、その直前の11月に、大柏小学校の子どもたちと、尼崎市で開催された「全日本小学校バンドフェスティバル」に出場し、神戸に宿泊したことも、寸分の違いであの子たちと共に被災していたかもしれない。引率していた子どもたちの命が奪われたかもしれない。もちろん、私も...と衝撃的に記憶された日でした。

それ以来、「引率中に何かあったら...」という考え方が強く強く深まり、「安全に帰って来られること」を、それまで以上に真剣に、神経質に考えるようになりました。

6434人が犠牲となった大震災でしたが、22年経ち、神戸市の人口の半分以上が震災を経験していない人です。
また、被災者の高齢化は進み、兵庫県内の災害復興公営住宅に住む65歳以上のお年寄りの割合(高齢化率)は2016年11月現在で52.2%と過去最高を更新し、孤立を防ぐ対策が急務になっています。
見た目は、震災の傷跡など、全く残っていない阪神地区ですが、家族や友人を失った方々、孤独と闘いながら復興住宅などで高齢生活を続ける方々の「心の傷跡」...見えない「傷跡」は残ったままです。

今朝は、慰霊式が様々な形でおこなわれていましたが、震災を経験した方々、当時を知っている私たちが「伝え続けること」が大切です。

自然災害に限らず、戦争も、多くの方々が巻き添えになった事故や事件も...終わりはありません。

改めて、阪神淡路大震災で亡くなられた方々、残されたご家族の方々に、心からの祈りを捧げます。


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石積みで「生」の文字をかたどったオブジェの前で黙とうする人たち。
(昨夜、兵庫県宝塚市で)


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                 神戸・三宮の東遊園地には竹灯籠にともされた火で
                 「1995 光 1・17」の文字が描かれました。
                 (17日午前5時46分)



神戸での「1・17のつどい」での、遺族代表・大鳥居慎司さん(58)の言葉です。

・・・・・
阪神・淡路大震災から22年。これだけたつと歴史の世界になってしまいますが、私には歴史で済ますことはできません。

早朝、激しい揺れで目を覚まし、家がつぶれました。妻に「火が出なければ助けが来る」と声を掛けると、「そんな」と言ったきり、うめき声も次第に聞こえなくなっていきました。私と長男、長女が助け出され、4時間後に妻が掘り出されたときには脈がありませんでした。

運んだ病院で医師から「だめです」の一言。最後の望みも断たれました。妻に「2人の子どものところに行くからね」と声を掛けて病院を後にしました。避難先の魚崎小学校で、長男から「ママは天国からいつ帰ってくるの」と聞かれ、答えられずに泣きだしました。
「妻は永遠に帰ってこないんだ。でも自分には2人の子どもがいる」と考え、このときから子どもを育てようという目標が明確になりました。

小学校でPTAなどの役員をし、ほかの母親と話すと、子育ての悩みを夫は聞いてくれないなど苦労は男も女も同じと分かりました。誰かに助けてもらおうと、気負いを捨てると気が楽になりました。子育てという目標があったからこそ、悲しみを乗り越えられた気がします。

10年ほど前から妻が生きている夢を見なくなりました。ようやく現実を受け入れたということでしょうか。でも寂しいです。夢の中でも妻に話を聞いてもらいたい。仕事も子育てもこれからのときに突然命を奪われた妻の話も聞いてあげたい。今はスーパーで総菜を買ってくるような生活です。写真の妻はただほほ笑んでいるだけですが、きっと怒っているかあきれているでしょう。会えなくても妻は天国から私たちを見守って、時には怒ってくれる家族の一員です。


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久しぶりのTBC

昨日は、去年の4月の演奏会以来、ずっとお休みしていた「東京ブラスコンコード(TBC)」の練習に行って来ました。

TBCの練習は、日曜日の午前中です。
私は、日曜日は毎週仕事が入っているので、「休団」とさせていただいています。

入団して、もう17年目です。

このバンドで、故・井上謹次先生、そして、今もお元気な奥様の文子先生からどれだけ多くの深い音楽を教えていただいたかわかりません。
先生方だけではありません。
このバンドのメンバーからも、私が学ばせていただきました。

このバンドに入った時に、先生方とメンバーの皆さんに、「私は仕事は教員ですが、ここに来たら、ただの下手くそな打楽器奏者なのですから、『田川先生』ではなく『田川さん』と呼んでください。」と、お願いしたのですが、井上先生方が「そんなこと出来ませんよねぇ」と「田川先生」とおっしゃるので、団員の方々も「田川先生」と呼んでくださり、教員を退職した今も「田川先生」と呼んでいただいています。
私が、フリーになってから入団されたメンバーは、なぜこの下手くそなオジサンが「先生」なのだろうと、疑問に思われているかもしれません。

毎年、4月の大きな演奏会の前だけ練習に参加させていただき、本番に乗せていただいています。
こんな勝手なことを続けていいのだろうかと恐縮していますが、メンバーの皆さんは、いつも温かく受け入れてくださっています。

昨日も、団長さんから、練習のスタートに「今日から田川先生が復帰してくださっています」と皆さんにお話ししてくださったら、皆さん、「ありがとうございます~!」と喜びの大拍手をくださいました。
本当に温かい方々です。

今年の演奏会は、4月16日(日)14時から、上野学園石橋メモリアルホールで開催されます。

「復帰」と言っても、どうしてもお伺いしなければならない日曜日の仕事も多く、練習に参加出来る回数は限られてしまいますが、参加出来る日には、気合いを入れて練習に出かけたいと思います。

がんばります!


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関東近辺の皆様、ぜひご自身のお手帳の4月16日に「TBC演奏会」とお書きください m( __)m
心からご来場、お待ち申し上げます。


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